百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
週明け。
戦略課のミーティングにオブザーバーとして立ち会うことになった私は、課長の発言に驚愕する。
「正直、百十一のスキルはデザインにとどまりません。あの人には1人で2人分の仕事をこなしてもらっているようなものですから。」
「でも現状、彼一人では今の発注数をこなすことができない。だから技術力のある学生のアルバイトを雇いたいと。そういうことか修多良。」
「ええ。ただアルバイトに百十一ほどの能力は求めていません。むしろ百十一の言うことに従える人材じゃないと、百十一の顔が立ちませんし。」
「確かに。百十一君にはコピーライターとしての仕事もこなしてもらっているからな。彼のプライドを捻じ曲げないためにも、」
「えええっ!?」
私の声がミーティングルームに響く。
部屋の隅に座る私に、戦略課の視線が集中した。
「……越名さん、いや、え? 今の声、越名さん、だよね??」
戦略課の課長に思い切り目を見開かれた。
「し、失礼しました!」
「いや、うん。ご、ごめんね? なにか僕の発言がまずかったかな?」
「ち、違います! 私の失態です。申し訳ありません。」
立って頭を下げれば、修多良さんに笑われてしまった。不本意だけど、今のは笑ってもらった方がありがたいと思った。
ミーティングが終われば、修多良さんに話しかけられた。
「いやあ最高だね越名さん。俺の大事な提案中だってのに、邪魔されて悲しいなあ〜」
「すみませんすみません修多良さん!」
「ウソだって。てか何にあんな驚いてたの? もしかして百十一のこと?」
「いえ、あの。百十一さんがコピーライターの仕事もこなしてるって、」
「え? 今さらそこ? 百十一から聞いてなかったの?」
「……はい。聞いてませんでした。」
すごい。Webデザインとコピーライトを併用してこれまで仕事していたってこと? あの人、原始人にみえてやっぱり凄い人なんだ。
自分もスキルアップを目指していかないと。
「それより越名さん、この間、行政書士事務所の人が越名さんを訪ねて来たよね?」
「ああ、真木先輩のことですね。」
「“先輩”って学生時代の?」
「はい。高校時代の生徒会長だった人で、私が副会長を務めていたんです。」
「うわあ。こりゃつけ入る隙もないねえ。」
「なにがです?」
「百十一さ、中学の時、親が離婚して母親に引き取られたんだけど。母親がキャリアウーマンだったからお祖父ちゃんに育てられたようなもんなんだよね。」
「そう、なんですか?」
「うん。だから高校時代はグレにグレちゃったらしく、相当お祖父ちゃんを困らせてたみたいだよ? 副会長だった越名さんとは正反対。」
あ……。今わかったかもしれない。
私、世間一般から外れているというよりも、百十一さんにとってまずいことをしていたのかも。
そうだ。家族写真なんてスマホのトップ画面にしていたら、当然百十一さんは嫌な気分になるはずだ。
「でも越名さんは、さぞかし清く正しく育てられてきたんだろうね。」
笑いながら言う修多良さんの目は、なぜだか笑っていないように思えた。まるで、『君は潔白でいいね』とでも言われているかのように。
「……修多良さん、吉井田さんと百十一さんて、どんな関係なんですか?」
下心のある目でみられるよりも、嫌われているような目でみられている方が案外楽だと思った。その勢いでつい、2人の関係を聞いてしまった。
「いや、越名さんなんで吉井田さんのこと知らないの? あんな派手な人、嫌でも印象に残らない?」
「はい? モデルさん、とかですか?」
「11階の派遣会社の人だよ。人材コーディネーター主任の。」
「へ……」
「ほら、今俺がアルバイト雇いたいって提案してたでしょ? その件で彼女に相談してただけだよ。」
「⋯⋯⋯⋯」
「あれれ〜? 気になってるってことは、百十一といい感じなの?」
急に気持ちの悪い笑顔になった修多良さん。“いい感じ”の基準がわからないけれど、恐らく私にとっては“いい感じ”だろう。
「はい。つい最近、百十一さんと連絡先を交換しました。」
「……あちゃー。まだまだ序の口だったか。じゃあ俺とも交換しようか。」
「…………」
「否定は拒絶とみなす。……自分で言っててちょっと泣きそう。」
「いえ、そんなことはないです。ですが、接待されても修多良さんの評価を上げることはできません。」
「はいはい。ちゃんとわかってますよー。」
修多良さんは、百十一さんよりもミステリアスな人だと思う。自分が好かれているのか嫌われているのか、全くわからない。
スマホを出し、修多良さんとラインを交換している時だった。
真木先輩からのラインだ。
〈今日の夜、空いてる? 大事な話があるんだけど。〉
どうしよう。つい既読にしてしまった。“大事な話”という言葉に、思わず画面を開いてしまった。さすがに行った方がいいのだろうか。
少し考える時間がほしいと思った。でもまたこの間のように、〈無視してないよね?〉なんてメッセージがきてもドキドキしてしまう。きっと仕事にならない。
先輩に怯えていた自分が悪いのだから、先輩の誘いに乗ろうと思った。
《今日の夜、大丈夫です。よろしくお願いします。》
戦略課のミーティングにオブザーバーとして立ち会うことになった私は、課長の発言に驚愕する。
「正直、百十一のスキルはデザインにとどまりません。あの人には1人で2人分の仕事をこなしてもらっているようなものですから。」
「でも現状、彼一人では今の発注数をこなすことができない。だから技術力のある学生のアルバイトを雇いたいと。そういうことか修多良。」
「ええ。ただアルバイトに百十一ほどの能力は求めていません。むしろ百十一の言うことに従える人材じゃないと、百十一の顔が立ちませんし。」
「確かに。百十一君にはコピーライターとしての仕事もこなしてもらっているからな。彼のプライドを捻じ曲げないためにも、」
「えええっ!?」
私の声がミーティングルームに響く。
部屋の隅に座る私に、戦略課の視線が集中した。
「……越名さん、いや、え? 今の声、越名さん、だよね??」
戦略課の課長に思い切り目を見開かれた。
「し、失礼しました!」
「いや、うん。ご、ごめんね? なにか僕の発言がまずかったかな?」
「ち、違います! 私の失態です。申し訳ありません。」
立って頭を下げれば、修多良さんに笑われてしまった。不本意だけど、今のは笑ってもらった方がありがたいと思った。
ミーティングが終われば、修多良さんに話しかけられた。
「いやあ最高だね越名さん。俺の大事な提案中だってのに、邪魔されて悲しいなあ〜」
「すみませんすみません修多良さん!」
「ウソだって。てか何にあんな驚いてたの? もしかして百十一のこと?」
「いえ、あの。百十一さんがコピーライターの仕事もこなしてるって、」
「え? 今さらそこ? 百十一から聞いてなかったの?」
「……はい。聞いてませんでした。」
すごい。Webデザインとコピーライトを併用してこれまで仕事していたってこと? あの人、原始人にみえてやっぱり凄い人なんだ。
自分もスキルアップを目指していかないと。
「それより越名さん、この間、行政書士事務所の人が越名さんを訪ねて来たよね?」
「ああ、真木先輩のことですね。」
「“先輩”って学生時代の?」
「はい。高校時代の生徒会長だった人で、私が副会長を務めていたんです。」
「うわあ。こりゃつけ入る隙もないねえ。」
「なにがです?」
「百十一さ、中学の時、親が離婚して母親に引き取られたんだけど。母親がキャリアウーマンだったからお祖父ちゃんに育てられたようなもんなんだよね。」
「そう、なんですか?」
「うん。だから高校時代はグレにグレちゃったらしく、相当お祖父ちゃんを困らせてたみたいだよ? 副会長だった越名さんとは正反対。」
あ……。今わかったかもしれない。
私、世間一般から外れているというよりも、百十一さんにとってまずいことをしていたのかも。
そうだ。家族写真なんてスマホのトップ画面にしていたら、当然百十一さんは嫌な気分になるはずだ。
「でも越名さんは、さぞかし清く正しく育てられてきたんだろうね。」
笑いながら言う修多良さんの目は、なぜだか笑っていないように思えた。まるで、『君は潔白でいいね』とでも言われているかのように。
「……修多良さん、吉井田さんと百十一さんて、どんな関係なんですか?」
下心のある目でみられるよりも、嫌われているような目でみられている方が案外楽だと思った。その勢いでつい、2人の関係を聞いてしまった。
「いや、越名さんなんで吉井田さんのこと知らないの? あんな派手な人、嫌でも印象に残らない?」
「はい? モデルさん、とかですか?」
「11階の派遣会社の人だよ。人材コーディネーター主任の。」
「へ……」
「ほら、今俺がアルバイト雇いたいって提案してたでしょ? その件で彼女に相談してただけだよ。」
「⋯⋯⋯⋯」
「あれれ〜? 気になってるってことは、百十一といい感じなの?」
急に気持ちの悪い笑顔になった修多良さん。“いい感じ”の基準がわからないけれど、恐らく私にとっては“いい感じ”だろう。
「はい。つい最近、百十一さんと連絡先を交換しました。」
「……あちゃー。まだまだ序の口だったか。じゃあ俺とも交換しようか。」
「…………」
「否定は拒絶とみなす。……自分で言っててちょっと泣きそう。」
「いえ、そんなことはないです。ですが、接待されても修多良さんの評価を上げることはできません。」
「はいはい。ちゃんとわかってますよー。」
修多良さんは、百十一さんよりもミステリアスな人だと思う。自分が好かれているのか嫌われているのか、全くわからない。
スマホを出し、修多良さんとラインを交換している時だった。
真木先輩からのラインだ。
〈今日の夜、空いてる? 大事な話があるんだけど。〉
どうしよう。つい既読にしてしまった。“大事な話”という言葉に、思わず画面を開いてしまった。さすがに行った方がいいのだろうか。
少し考える時間がほしいと思った。でもまたこの間のように、〈無視してないよね?〉なんてメッセージがきてもドキドキしてしまう。きっと仕事にならない。
先輩に怯えていた自分が悪いのだから、先輩の誘いに乗ろうと思った。
《今日の夜、大丈夫です。よろしくお願いします。》