百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
罪悪感は上手く利用すべきである
「突然呼び出してごめんね。」
仕事が終わり、車で連れてこられた場所は、民家にあるフレンチダイニングだった。
平日だし、隠れ家的な場所だというのに、私たちの他にもお客さんが何組かいる。ちょっと安心だ。
「ここって、もしかして人気のレストランですか?」
「うん。一日10組限定だし、予約取るのがけっこう大変で有名なんだよ。」
「そんなところに私を連れてきて頂いてよかったのでしょうか?」
「今さら何言ってるの。僕達の仲じゃん。」
もしかして、先週から私を誘うつもりで予約してくれていたのだろうか? もしそうだとしたら、先輩のメッセージを無視してしまった私は最低だ。
なぜあんなにも先輩に怯えてしまったのだろう。情緒が不安定になることなんて誰にだってあることなのに。
「それより仕事の方はどう? 人事査定なんて仕事してると敬遠されがちだろうけど、社内ではうまくやれてる?」
「はいなんとか。」
「そっか。あ、ワイン飲む? 僕は運転があるから飲めないけど、越名は飲んでいいよ。」
「いえ、私も大丈夫です。お酒自体得意ではないので。」
そうだ。先輩が車ということは、このまま私、家まで送られたりするのだろうか?
私がお酒苦手なことを知っていながらワインを勧めてきたのは一体なんだったのだろう? そんなちょっとしたことにも疑問を感じてしまった。
まさか、先輩に限って私の貞操を奪うとか。ないないあり得ない。
ああ。私、もしかして。百十一さんに求めてしまった時点で、私が百十一さんの貞操を奪ったということになっちゃうのかな。
「越名、覚えてる? 先生に会計の紀藤さんが不正をしてるとか言われてさ、あの時、紀藤さん泣いちゃって。」
「覚えてます。確か、野球部が購入した備品の数を間違えていただけで、」
「そうそう。あの時の越名、人が変わったみたいに先生に楯ついてさ。」
「私そんな感じでした?」
「うん。紀藤さんの冤罪を晴らそうと凄かったよね。間違ってることは一ミリも許さないって感じで。あのピリピリしてる野球部にも平然と乗り込んでいったし。」
「そういえばあの時の私、かなり浮いてましたよね……。」
「そんなことないよ。」
かなり浮いていたと思う。思えばあの頃から周りに敬遠されていた気がする。
いつも肩肘張って、少しでも生徒会の役に立とうと必死で。なにより、お父さんに褒めてもらいたかった。
「しょうがないんじゃない? 間違ったことは絶対に正さないと気が済まないってのが越名のこだわりだろうし。」
「それってつまり、私の自己満足ってことなんでしょうか?」
「はは。そんなこと言ってないよ。まさに人事に打ってつけの人材って感じじゃない?」
「そういう意味でしたか。すみません。」
私のこだわり、か。私って頑固って意味なのかな。でもこんな私のことを、百十一さんは違う言葉で言ってくれた。
『越名って正義感強い割に人から敬遠されがちだよね。』
今まで『正義感強い』だなんて言われたことがなかった。あの時、実はちょっと嬉しかったのだ。
「越名は昔から“頑張り屋”だよね。」
昔は先輩に褒められることが嬉しかった。それを原動力に頑張っていた時期もあった。
でも今は、百十一さんの言葉一つ一つに動かされている気がする。
明日も仕事のため、早めに切り上げることとなった。案の定、先輩が私の家まで送ってくれることになり、戸惑いながらも受け入れてしまった。
「あの。今日はお誘い頂きありがとうございました。とても美味しかったです。ごちそうさまでした。」
アパートの近くに路駐してもらい、深々と頭を下げてお礼を伝える。
「ゆっくり話せて楽しかったよ。明日もお互い仕事頑張ろうね。」
「はい。お休みなさい。」
よかった。今日の先輩は普通の先輩だった。
それに普通の先輩と話しているのは居心地がいい。やっぱり昔から知っている人と過ごす時間は、仕事のストレス解消にもなる。
「越名。」
アパートに向かおうとした矢先だった。
「……実はさ。今日越名を誘ったのは、越名に大事な話をするためだったんだ。」
呼び止められて、先輩の顔を見る。夜も暗い中だというのに、顔が赤くなっているのがわかった。
「そういえば、そう言ってましたね。」
「うん。あのさ、こうして同じビルで出会えたのも何かの縁だと思うんだ。」
「はい?」
「僕と、付き合ってほしいんだけど。どうかな。」
「え…………」
「このまま昔のことを引きずってるのはバカらしいから。僕と、付き合ってほしい、です。」
信じられない。