百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
スマホのメッセージ音が鳴るも、俺の視界はすでに課長オンリー。糸藤課長が俺のためにコーヒーを淹れているシーンをスクリーン画面いっぱいに映す。

キャスター付きの椅子に、前後逆に座って、背面側に腕を乗せる。

「おい。そんな見られると緊張する。手元が狂うからやめろ。」

「すみません。こう、女性がコーヒー淹れている仕草のフェチでして。」

「私はあれだ。どっちかというと、女性が熱いカップを両手で持って、フゥフゥしている仕草が好きかな。」

「へえ? そういう女性ってちょっとあざとすぎません?」

「でも越名さんがやるとマジかわいいよ。」

「ふうん。」

それなら俺が両手でカップ持ってフゥフゥやったら、俺のこともかわいいって思ってくれます?

黒髪のワンレンボブを耳にかけて、俺にカップを持ってきてくれる。

いいですか。一度しか言わないんでよく聞いて下さい課長。修多良(しゅたら)祭里(まつり)はあなたに恋しています。

「課長はコーディングに追われてたんですか?」   

「うん。いつものことだよ。」
 
「夕飯、食べました?」

「食べたよ。越名さんがおにぎり買ってきてくれてさ。デキた部下で上司冥利に尽きるよ。」 
    
「最近課長、越名さんと仲いいですね。」

「それなら修多良もだろ? こないだも会議室で話し込んでたし。」

「嫉妬ですか?」

「そうだな、お前に嫉妬する。」     
 
あははと笑う課長の口は大きめ。細まっても綺麗に光る目は意外と純な証拠。いつだって自分を飾らず、なんでもないシマシマ模様のロンTを着ている。
   
ネイルもアクセもしていない糸藤舞子はミステリアスで前衛的。でも俺の入る隙間がなさすぎるのが玉にキズだ。

「あ、あああの課長。」

「ん? なんだ?」
 
「まだ、帰らないんですか? よければその。途中まで一緒に帰りません?」
  
こんなことですら誘うのに相当な勇気がいった。全然シナリオ通りに進めなかったし、言い方がかなりキモくなってしまった。

「いいよ。じゃあこれ飲んだら帰ろっか。」

「は、い。ぜひぜひ。」

平常心平常心。

難攻不落の女性に取り入るのって、こんなに身が持たないもんですかね。


 マウンテンパーカーを羽織り、リュックを肩にかける課長と外に出る。常に俺と課長の間には一定の距離感。一生この人のことは堕とせないのだろうと、勝手にしみったれながらもテンションはそれなりに上がっていた。
  
「課長って、休みの日はなにしてるんです?」

あからさま過ぎたかな。あわよくば休日デートに誘おうとしてるの。
 
「ん? そうだな。ほぼ愛犬と遊んでるかな。」

「そういえばフレンチブル飼ってるって言ってましたね。名前は確か、“ピヨ彦”でしたっけ?」

「越名さん……」 

「……はい?」
 
「越名さんが、男の車に乗ってる。」

フレンチブルの名前、“越名さん”じゃないよね? 

課長の視線を辿れば、よく見る高級車の助手席に、越名さんが乗っている。
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