百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。

痛いなんてものじゃない。

「ええと。それよりもまずは星志さんの案内を。」

「ああ、それなら俺がやるし。」

「でもそれは私の役目です。」

「初めての俺の部下だぜ? 俺とコイツの親交を深めるためにも、俺にやらせてよ。」   
 
勝手に案内役を奪う百十一さんが、星志さんと社内に入っていく。なぜだか百十一さんと上手く目が合わせられなかった。

ここはギリギリ社外だし、別に、カレシと温泉に行った話をすればいいのに。なんでか言う気になれず、話を反らしてしまった。


 「ちょっと越名さん、いい?」

「はい。なんでしょうか。」

吉井田さんに引き止められて、渡された資料のページをめくられる。星志さんの経歴について書かれたものだ。
  
「実は星志君、機能性発声障害を患っているの。」 

「はい。うちの上司から聞いています。」

「どうも中学時代のいじめが原因みたいでね。あ、といってももう専門学校に通えるくらいメンタルは回復してるから大丈夫なんだけどね。」

「そう、だったんですか。」

「うん。彼はバイトだし、直接取引先と話すことはないだろうけど。何かあったらフォローしてやってね。」

吉井田さんに名刺を渡された。困ったことがあったら遠慮なく連絡してほしいと、個人用スマホの番号とラインアカウントまで教えてもらった。

「それと。今彼が言ってたあなたの“カレシ”って、まさか修多良君じゃないわよね?」

「はい? なんで修多良さんが出てくるんですか?」
   
「なんでもないわよ! てかあなた、百十一君はほったらかしでいいの? 多分相当気にしてると思うわよ。」

「なにが、ですか?」

「越名さんにカレシがいるって話よ!」

吉井田さんが白目になり、長いタメ息を吐く。顔芸のような破顔に、少し驚く。百十一さんが気にする? 私にカレシができたことを?

「まさか! 百十一さん、私のことなんて珍獣程度にしかみえてないですよ。」 

「珍獣ねえ。ま、百十一君も珍獣だし、ある意味お似合いだと思うんだけど。」

確かに、百十一さんは珍獣としか思えない。動物園の檻の中でご飯を食べている百十一さんを思い浮かべれば、なんだか笑えてきてしまった。

「いや、あなた。珍獣同士って言われて笑うとか! ほんとどうかしてるわ。」 

「すみません。でも私、本当に百十一さんには女としてみられてませんから。賭けゲームに使われるくらいだし。」

「賭けゲーム?」

「なんでもないです。すみません。また何かあればこちらからも連絡させてもらいますね。」 
 
吉井田さん、二人で話してる時の方が喋りやすいかもしれない。親密に接してくれる女性、なかなかいないからとっても嬉しい。

エレベーターのボタンを押し、笑顔で見送る。エレベーターの中から吉井田さんがぶっきらぼうに言った。

「もし、あなたもなんか悩みとかあるなら、連絡して来てもいいわよ?」 
 
「あ、ありがとうございます!」

本当に? だったら真木先輩とのこと、相談してみようかな。さすがにいきなり夜の事情は、吉井田さんを引かせてしまうだろうか?


 社内に入れば、すでに挨拶まわりを終えたのか、百十一さんと星志さんは仕事に取りかかっていた。

百十一さんは星志さんの障害のことを知っているのか。一度ちゃんと話した方がいいと思い、2人のいる事務室を覗く。

「いいか? マーケは広告もホムペも、クライアントの目的を知ることに始まる。集客か、それともブランディングか。」

「ブランディングが、集客を生むんじゃ、ないの?」
 
「いいか? 俺らの仕事はデザインがメインだけど、コーダーたちと何度も動きを確かめる連携作業もしなけりゃならない。これがまた大変のなんのって。」 

「僕、バイブコーディングなら、できる、ます。」

「お前まさか、自分でアプリとか作っちゃう系?」

「学祭で、いくつか。つくっ、た。」    

「星志よ、バイブコーディングできることシステム部に言うなよ? 色々と怒らせるだけだから。」
 
「は、い。」 

意外にも真面目に教えている。
< 59 / 80 >

この作品をシェア

pagetop