百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「いいとこだったのに。邪魔すんなよ。」
「百十一さん、容量が足りないのであれば、人事が契約しているクラウドストレージを使ってもらって構いません。」
「外部クラウドなんて大事なデータがダダ漏れになんないの?」
「社員一人ひとりのアクセスが狭い範囲で制限されているため、万が一被害にあったとしても最小限に抑えられます。」
「なんだそれ。リスクありきのクラウドじゃねえか。」
百十一さんが浮かない顔で、前分けの髪を掻き上げる。ズボンのポッケに手をつっこむ。大きな身体にやたら顔の作りがいいこの悪人。
だとしても、Webデザイナー一人のために大事な備品は費やせません。
「のちほどクラウドにログインするアカウントをメールで送ります。」
「はいよ〜。わあったよ〜。」
頭を下げて、百十一さんの元から素早く立ち去る。
歩く速度をスピードアップ。緊張した。早く彼の威圧領域から切り抜けたい。
でも百十一さんが追いかけてきて、冷や汗が吹き出る。
「越名和果!」
「な、なんですか、百十一亥則さん。」
「今日の夜さあ、一緒に日本庭園が拝める個室に飲み行かない?」
「……すみません、私、日本酒は嗜みませんので。」
「じゃあカニは好き?」
「エビの方が好きです。」
「来週空いてる日にロブスター食べ行かない?」
「エビは鑑賞として好きなだけであって、食べるのは好きではありません。甲殻アレルギーがありますので。」
では。と軽く頭を下げて作り笑いを向ける。
再び廊下を分速80mで歩き出した。
「はあ。そんなんだから婚約者に浮気されんだよ。」
「…………」
「婚約者が浮気したくなる気持ち、わかるわ〜。」
後ろからそんな言葉が投げつけられた。脳天に稲妻を落とされたような感覚に陥る。
いてもたってもいられず、思わず彼の背中を分速100mで追いかけた。
「待ってください百十一さんっ!!」
「は?」
「なんで、なんで私が浮気されたって分かったんですか?!」
「え。ええええー……」
驚いたように目を見張る百十一さんが、「そこで振り向くんかい」とわけのわからないことをつぶやいた。
廊下のつき当たりで必死な形相で問い詰める私。百十一さんが軽く咳払いをする。
「なんでって? んなもん、越名を見てれば分かるからだよ。」
「どどどこをですか?! 私のどこに、婚約者に浮気されたなんて書いてます?!」
「んー……全身?」
「私の身体、どこかおかしいですか?! なにか負のオーラとか湧き出てますか!??」
じっと私を見下ろす百十一さんの目が、私の全身を舐め回すように見つめる。
上から下まで。やたら胸と腰と脚に視線を感じた。顔は例外らしい。
「美乳でスカートなのに、色気がない。」
「び……びにゅ」
「エロさが1ミリも感じられない。」
ドギャーーーーンと降ってきた人生最大の難語。ショッキングな言葉にショックを隠せない。
人からはっきり言われたことはないけれど、言い当てられているのが分かる。
なぜなら正二とはここ最近、セックスどころかキスもしていなかったからだ。