百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「ああ。セックスどころかキスもご無沙汰ってわけか。まあ婚約者は浮気相手で補填してたんだろうなあ。」
「ほ、補填って……」
再び言い当てられて、思考がぐるぐると渦巻いていく。
人って、女って。色気がないと浮気されるの?! し、知らなかった。。
「お、男の人にとって、そんなに色気って大事なものですか?」
「当たり前じゃん。女だって男に色気求めんだろ。ほら、色気といえばこの俺とか」
「求めません。というか、男性に色気とかあまり考えたことがなくって……」
「なるほどね。処女みたいなこといってるからダメなんだわ。」
『駄目』! がっくりと項垂れて、壁に寄りかかる。
正二に『駄目』と言われた理由。今ここではっきりした気がする。
「で、でもわたし……処女じゃありません。」
「半年もセックスしなけりゃ処女とおんなじだろ。」
「そうなんですか?」
「そうだろ。2ヶ月しないだけで狭くなるし」
「一人でするのはセックスのうちに入らないんですか?」
「まあそうだな。は? ひ……?」
百十一さんが呆気に取られる。数秒停止する。
そして「ガチか。」と、私の眼前に迫った。
「お前の脳ミソ、どうなってんの?」
「え?」
「俺の誘いには乗らねえ癖に、なにG行為は公言しちゃってくれてるわけ?」
「え、え? G……?」
ふいに唇が触れそうな距離まで達し、慌てて彼の下腹に右アッパーをお見舞いする。
「ちょっ……なッ……なんてことを!」
「強ッ、って、は? 今のはあれだろ。するところだろ。」
「し、しませんよ! なに考えてるんです?!」
「その言葉、そっくりそのまま返すわ。」
「い、意味が分かりません!」
踵を返し、人事部へと急ぐ。
社内でなんて破廉恥な! 人事評価を2ランクダウンさせてもいいくらい!
再びシステム部の前を通れば、高吉さんが必死に糸藤課長をランチに誘っていた。糸藤課長が羨ましくなる。
私は社内で男の人に誘われたことがない。いや、女性からもほとんど誘われないけど……。
人事査定というだけで敬遠されているだけでなく、どうやら私自身に色気がないことが問題らしい。
百十一さんは例外。あの人はきっとヤクザのような感覚を持った人だから、2万円という取引と人事評価がよほど大事なのだろう。
それでいてエスパーのように私の心を読み取るのだから怖すぎる。
夜、荷物代行引取業者から送られてきた段ボールの山に囲まれて、ひっそりお茶漬けを食べた。
正二と別れてからすぐに見つけたこの物件。通勤の利便を最優先し、駅近で会社まで30分の場所にした。
あれから正二からは連絡も来ていない。謝罪のメッセージすら入ってこなかった。
『いつも頼ってばっかでごめんね。ありがとね、和果ちゃん。』
『ううん。それよりも正二、いつになったら正社員になれるの?』
『ああー……うーん。どうかなあ。また社員登用試験受けないとなあ。』
今思えば、本当に正二は正社員になる気があったのだろうか。
さすがに契約社員のままでは結婚もできないと、つい私から正社員になることを迫っていた気がする。
そっか。もしかすると正二は、私と結婚しようとすら思っていなかったのかも……。