百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「あれ。もしかして? 和果と同じ会社の、Webデザイナーの方ですよね?!」

爽やかそうな笑みで詰め寄られて、一瞬呆気に取られる。しかもすでに越名を名前呼び。マイナス2センチほど心臓をえぐられた。
 
大丈夫。俺の足腰はだいぶ丈夫だ。うちには詐欺師の修多良や、ハッカーの糸藤ちゃん、そしてやたら頭の回転が早い星志もいるのだから。   
    
「悪いんだけど、今越名はここにいないよ?」

「え? じゃあまだ友達のうちにいるのかな。実は、連絡が全然つかなくて焦ってまして。」

真木という男は、やたら外面がいいことがわかった。俺みたいな態度が悪い男にでも平気で愛嬌を振りまく。その中身を知るにはこっちから吹っかけるしかない。  

「うちにいるよ。」

「はい?」

「越名ならうちにいる。俺が昨日の帰りに越名拉致ってうちで寝かせてるの。」

「……え?」

さすがに真木が面食らった表情になる。俺はこれみよがしに、越名から預かった鍵を見せつけてやる。
 
「ほら、この鍵。越名の鞄から盗って、越名の替えの服取りに来たってわけ。」

「……」
 
「ええと? お宅は確か、真木サン、でしたっけ? 越名のカレシの。」

「ええ、はい。」

「悪いね。昨日の帰り、あんたともう連絡取れないようにするため、俺が越名のスマホを取り上げて越名をうちに連れ帰ったんだわ。だから越名はあんたに連絡が出来ない状態なの。」

はは、と苦し紛れに笑いをこぼせば、どっちが悪役だかわかりゃしないことに気付く。

さすがにベラベラと事実を語りすぎたかも知れない。真木がキレているのがよくわかる。身体の横で、血管の浮き出る両拳を強く握りしめているから。

「百十一さん、でしたよね。」

「うん、そうだよ?」

「あなた、和果の、なんなんですか?」  

真木から笑顔が消えていた。本性現すには持って来いの夕暮れ時だ。
  
「俺は越名に想いを馳せる男。少なくとも誰かさんみたいに、越名を独りぼっちにして怖い思いはさせない自信はある。」

「なんですか、それ」

「例えば。研修会で後輩を紹介もせず、後輩を蚊帳の外にして勝手に盛り上がるような真似はしないし?」

「は、はあ?!」

「あるいは。温泉地で越名が不良に囲まれてるのを、ただ面白そうに遠くから眺めてる、なんてこと俺は死んでも絶対にしない。」

「っな! なにを、」

こいつ、やっぱりわかっていてやったらしい。確実に狼狽えている。全否定してこないあたり、俺の勘が『こいつは悪魔』だと言い張っている。

「てめえ、越名に何するつもりか知らねえけど、もう越名にあんたをカレシ面させる気ねえから。」
  
「で、でも! 高校の時は越名から僕に告白してきて! それなのに、越名は僕なんて」

「はあ? そんな大昔の話されても俺にはわかんねえよ。いつまでも越名に変な意識持たせてんじゃねえよ。」    
  
「越名は、僕のことなんて、まるでみえていないかのようで……」  
   
真木が途端に言い淀む。言いたいことあるなら、はっきり言えと言いたい。

越名から告白? 越名が、真木に? 越名の父親は相当厳しかったって聞いてたけど、色恋沙汰は普通にあったってことか?

……本当に?
   
真木が拳を固く握りしめ、全身を震わせている。何をそんなに怯えてる?

ブランドもののスーツ着た社会人が、今にも吐きそうな顔で突っ立っている。

道行く住民が、何度もこっちをチラチラと見ている。さすがに喧嘩沙汰だと思われて警察に連絡されるのはまずい。真木に『帰れ』と言おうとした。

 「あの。い、今、“越名”って聞こえたんだけど。もしかしてあなた、同じ高校だった、真木、さん?」

知らないババア……いや、知らない婆さんが俺達に話しかけてきた。

なんというか、幽霊かと思うほど異様な空気で、身体も手足も骨が浮き出ているくらい細い。

薄手のニットとカーディガン、ロングスカートを着て大きな鞄を持っているものの、冬が到来しそうなこの季節に上着を羽織っていないのはさすがに寒くないだろうか?     

不審に思う俺に反し、真木が何かに気付いたかのように声を上げた。

「あっ!! もしかして、越名の……?」

「お久しぶりです。越名和果の、母です。」

まさかの、越名母登場……。俺も吐きそうな顔になる。

夕陽が沈みそうなこの時間帯。コインパーキングに前代未聞の地獄絵図が完成してしまった。
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