百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「ありが、とう、ございます、百十一さん。でもわたし。私には、どうしても拭いきれない罪悪感があって。だから、真木先輩と別れることは、きっと許されない。」
いま溢れ出かけた涙は、嬉しいはずの涙だったのに。やっぱり私は、真木先輩との過去から逃れることができないと勝手に落ち込む。
きっと私、後先考えず勢いだけで先輩に告白して、結局のところお父さんへの後ろめたさに逃げたのだろう。
私も最低な、無神経な人間だったのだ。なんでもお父さんのせいにして、ただ隠れて交際する勇気がなかっただけなのだ。
「さっきたまたま、真木と、あとお前の母さんとも一緒に話してきた。」
「え。ええええッ?!!」
「お母さん、元気そうだったよ。お前を心配して見に来たって言ってた。」
「うそ」
「なんか、色々後悔してるみたいでさ。お前を一番に考えてやれなかったことを悔いてるって言ってたわ。」
「…………」
スマホに視線を落とせば、お母さんからは1通のラインメッセージと不在着信が2件残されている。
《次はいつ帰ってくる?》
その一文を読み返していれば、百十一さんも後ろから画面を見て言った。
「依存しないように、あんまりしつこくラインも電話もしないようにしてるって言ってた。それでも越名は必ず自分に会うために帰って来てくれるって。」
「……お母さん……」
「それと。これ。」
百十一さんに、4つ折りに畳まれたメモ用紙を渡される。
「天国からめちゃくちゃ愛情こもった手紙のお届け。」
「手紙……?」
とても手紙とは呼べない、しわしわになった小さなメモだ。
ふと百十一さんの『天国から』という言葉が気になり、次第に緊張感が高まる。すでに心臓の音だけが部屋に響いているよう。
「震えて開けれない?」
「ええと。」
「なら、俺がこのメモ開くから。越名は読んでみ。」
優しい声で囁かれて、こくりと頭だけでうなずく。
百十一さんの手で開かれたメモの中身は、私が思っていたよりもずっと鮮明なものだった。
『わか、あいしてる』
目の前が一気に滲む。
よれよれの文字が、私の心を鷲掴みにする。
「お、おとう、さん……っ」
どうしようもないくらい、今すぐ会いたい。
会って、ずっとずっと私を大事に育ててくれてありがとうって言いたい。
後出しなんて狡すぎる。わたし、結局お父さんには『ありがとう』もなにも言えずじまいなのに。一番欲しかった言葉を貰えて、こんなにも幸せなのだと心の底から思うことができた。
「わたし、自分のことばかりで。お父さんに褒めてもらいだとか。満足させてあげたかっただとか。」
「うん」
「でもお父さんは、いつも私のことばかりだった」
「うん」
「ありがとう、お父さん―――」
百十一さんが強く抱きしめてくれる。逞しい腕に、涙がぽたぽたと落ちていく。決して私を離すことなく、頬を寄せて、ただ私の泣き声を聞いてくれていた。
「俺、越名の家族に触れられて幸せだわ。」
「百十一さん、」
「俺さあ、物心ついた頃にはすでに父親いなかったし。母親は好き勝手仕事して楽しんでるけどさ。代わりにこうして越名を知れてほんと良かったと思う。」
「そんな」
「あ、別に俺は不幸だったとかじゃないからな? 爺さんに育てられてきたからそれなりに幸せだったってえの。でも、越名の家族のことも引っくるめて越名のことすげえ好き。」
頬に舌を這わされて涙を拭われる。じっくりと彼の瞳に視線を合わせた。
唇を寄せて、思わずキスをねだってしまいそうになった。でもその意図を汲んでくれた百十一さんが、私にキスをしてくれた。
もう、真木先輩への罪悪感なんて、どうでもいいんじゃ―――
「あのっ。わたし、」
「いいよ。お前の決心がつくまで待ってる。」
「もう、ついてます。正直、高校の時、真木先輩に告白したこと、よく覚えてないですし。」
そもそも、私から誰かに告白した記憶はないのだ。今さらとはいえ、私が覚えていない記憶に罪悪感を抱くこと自体、おかしいのではないだろうか。
いま溢れ出かけた涙は、嬉しいはずの涙だったのに。やっぱり私は、真木先輩との過去から逃れることができないと勝手に落ち込む。
きっと私、後先考えず勢いだけで先輩に告白して、結局のところお父さんへの後ろめたさに逃げたのだろう。
私も最低な、無神経な人間だったのだ。なんでもお父さんのせいにして、ただ隠れて交際する勇気がなかっただけなのだ。
「さっきたまたま、真木と、あとお前の母さんとも一緒に話してきた。」
「え。ええええッ?!!」
「お母さん、元気そうだったよ。お前を心配して見に来たって言ってた。」
「うそ」
「なんか、色々後悔してるみたいでさ。お前を一番に考えてやれなかったことを悔いてるって言ってたわ。」
「…………」
スマホに視線を落とせば、お母さんからは1通のラインメッセージと不在着信が2件残されている。
《次はいつ帰ってくる?》
その一文を読み返していれば、百十一さんも後ろから画面を見て言った。
「依存しないように、あんまりしつこくラインも電話もしないようにしてるって言ってた。それでも越名は必ず自分に会うために帰って来てくれるって。」
「……お母さん……」
「それと。これ。」
百十一さんに、4つ折りに畳まれたメモ用紙を渡される。
「天国からめちゃくちゃ愛情こもった手紙のお届け。」
「手紙……?」
とても手紙とは呼べない、しわしわになった小さなメモだ。
ふと百十一さんの『天国から』という言葉が気になり、次第に緊張感が高まる。すでに心臓の音だけが部屋に響いているよう。
「震えて開けれない?」
「ええと。」
「なら、俺がこのメモ開くから。越名は読んでみ。」
優しい声で囁かれて、こくりと頭だけでうなずく。
百十一さんの手で開かれたメモの中身は、私が思っていたよりもずっと鮮明なものだった。
『わか、あいしてる』
目の前が一気に滲む。
よれよれの文字が、私の心を鷲掴みにする。
「お、おとう、さん……っ」
どうしようもないくらい、今すぐ会いたい。
会って、ずっとずっと私を大事に育ててくれてありがとうって言いたい。
後出しなんて狡すぎる。わたし、結局お父さんには『ありがとう』もなにも言えずじまいなのに。一番欲しかった言葉を貰えて、こんなにも幸せなのだと心の底から思うことができた。
「わたし、自分のことばかりで。お父さんに褒めてもらいだとか。満足させてあげたかっただとか。」
「うん」
「でもお父さんは、いつも私のことばかりだった」
「うん」
「ありがとう、お父さん―――」
百十一さんが強く抱きしめてくれる。逞しい腕に、涙がぽたぽたと落ちていく。決して私を離すことなく、頬を寄せて、ただ私の泣き声を聞いてくれていた。
「俺、越名の家族に触れられて幸せだわ。」
「百十一さん、」
「俺さあ、物心ついた頃にはすでに父親いなかったし。母親は好き勝手仕事して楽しんでるけどさ。代わりにこうして越名を知れてほんと良かったと思う。」
「そんな」
「あ、別に俺は不幸だったとかじゃないからな? 爺さんに育てられてきたからそれなりに幸せだったってえの。でも、越名の家族のことも引っくるめて越名のことすげえ好き。」
頬に舌を這わされて涙を拭われる。じっくりと彼の瞳に視線を合わせた。
唇を寄せて、思わずキスをねだってしまいそうになった。でもその意図を汲んでくれた百十一さんが、私にキスをしてくれた。
もう、真木先輩への罪悪感なんて、どうでもいいんじゃ―――
「あのっ。わたし、」
「いいよ。お前の決心がつくまで待ってる。」
「もう、ついてます。正直、高校の時、真木先輩に告白したこと、よく覚えてないですし。」
そもそも、私から誰かに告白した記憶はないのだ。今さらとはいえ、私が覚えていない記憶に罪悪感を抱くこと自体、おかしいのではないだろうか。