百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
「……ま、真木先輩。」
「おはよう越名。朝からウーパールーパーって! さすが、越名の救世主!」
“救世主”? って、真木先輩、だよね?
いつもよりなんとなく明るい雰囲気の真木先輩。今日もブランドもののスーツを品良く着こなしている。歩道に近いテラスのせいか見つかってしまったらしい。
「今日は、車じゃないんですね。」
「うん、今日はちょっとね。先方と飲み会があって。」
星志さんが、じっと真木先輩の顔を見ていた。
実は昨日、真木先輩に電話して別れ話をした。
本来なら会って話すべき事柄なのかもしれないけれど、真木先輩には不信感を募らせてしまったというのが理由だ。
私から告白したのだと、私に嘘を吐いたこと。百十一さんの言う通り、本来ならどちらが告白したとか、いちいちこだわる必要がないのかもしれない。
でも真木先輩は私に、『告白しておいて、付き合っている素振りもなく自然消滅された』と、あえて罪悪感を持たせるような発言をしたのだ。
正直にいうと、真木先輩のことが凄く怖くなった。だってそこまでのことをしておきながら、私の別れ話にはあっさりと承諾したのだから。
もちろん何も覚えていなかった私も私だ。私も悪いのはわかっている。でも、なぜだろう? 真木先輩が私のことを『好き』とはとても思えないのだ。
まだ付き合って1ヶ月しか経っていないとはいえ、付き合っていない百十一さんの方が何十倍も愛情を感じる。
それは、私が百十一さんに惚れているせい?
「越名。僕は『ごめん』とは言わないよ。だって僕はそもそも君に告白なんてしてないからね。」
「え?」
「高校の時もさ、つい最近だって、僕は越名に『付き合ってほしい』って言っただけで、一言も『好き』なんて言ってない。」
「どういう、ことですか」
「ゲームだよ、友達との賭けゲーム。越名が僕に完全に堕ちたら僕の勝ち。で、本気になられた時点で潔く振ってやろうっていう、ただの遊び。」
「な、なんで、そんな」
そんな“子供の遊び”みたいなものに、私が巻き添え喰わされるのか。私、なにがそんなに人から反感を買うの―――?
「なんでって。越名がいつまでたっても糞真面目で、誰にも靡こうとしない、お高く止まった女だからだよ。」
「私、お高く止まってなんか―――」
その時。星志さんが手元にあったアイスティーのグラスの中身を、思い切り真木先輩に向かってかけた。
「―――っな。つめたッ!!」
び、っくりした〜! 朝からとんだ大惨事だ。
グラスの中の氷は全て失くなっている。私は優先事項がわからず、とにかく『ホットじゃなくてよかった』とよくわからない安堵を感じた。
「オッサン、マジ朝から糞だりぃんだよ、貴重な朝のオアシスを邪魔してくれてんじゃねえよ、こちとらランディングにコーディングに百十一のオッサンがアホみたいに押しつけてきて最悪なんだよ、なにがゲームだよ仕事しろよいいオッサンが。女を賭け事にして何が楽しんだよ。」
「えエッ嘘でしょ?? な、なんてことを……!」
私は目を見張るどころか真っ青になった。
まさか星志さんが、百十一さんに鬼のように仕事を押しつけられていたなんて!
「査定です! 私、百十一さんをしっかり査定します! まさか派遣の子に契約外のコーディングまで押しつけていたなんて、あるまじき行為です!」
おもむろにテーブルを叩き立ち上がった私。さっさとお会計を済ませようと財布を取り出せば、真木先輩が言った。
「いい。ここは僕は出すよ。」
「え、えと、」
「ごめん。謝るよ。僕はすでに性格を捻じ曲げすぎた。家族の中では自分だけ底辺だし、頑張れは頑張るほど空回りだし、その癖変にプライド高いんだよ僕。」
被ったアイスティーをハンカチで拭こうともしない真木先輩は、もしかして私に殴らせたかったのだろうか?
いつだって完璧だと思っていた先輩の内側に、ようやく踏み込めた気がした。笑顔を貼り付けて、悩みも愚痴も吐露しない先輩のお腹の中は、きっと沸々と煮えたぎっているのだろうと予想はしていたのだ。
ようやく先輩の本音を見せてもらえた。今私、先輩の中で、“嫌い”から“普通”あたりに昇格できたのだと思う。
星志さんがリュックの中からハンドタオルを取り出すと、真木先輩に渡した。
「あの、お兄、さん。そうやっ、て、自分だけ、孤独な位置にいようとするの、つらくない?」
「え……」
「別に、いいんじゃない。あえて嫌われようと、しなくたって。本気で『好き』になったなら、『好き』って言ったって……むぐッ」
星志さんの意味深な言葉に、真木先輩が勢いよく彼の口を手で塞ぐ。なぜか先輩の顔が真っ赤になっている。
「おはよう越名。朝からウーパールーパーって! さすが、越名の救世主!」
“救世主”? って、真木先輩、だよね?
いつもよりなんとなく明るい雰囲気の真木先輩。今日もブランドもののスーツを品良く着こなしている。歩道に近いテラスのせいか見つかってしまったらしい。
「今日は、車じゃないんですね。」
「うん、今日はちょっとね。先方と飲み会があって。」
星志さんが、じっと真木先輩の顔を見ていた。
実は昨日、真木先輩に電話して別れ話をした。
本来なら会って話すべき事柄なのかもしれないけれど、真木先輩には不信感を募らせてしまったというのが理由だ。
私から告白したのだと、私に嘘を吐いたこと。百十一さんの言う通り、本来ならどちらが告白したとか、いちいちこだわる必要がないのかもしれない。
でも真木先輩は私に、『告白しておいて、付き合っている素振りもなく自然消滅された』と、あえて罪悪感を持たせるような発言をしたのだ。
正直にいうと、真木先輩のことが凄く怖くなった。だってそこまでのことをしておきながら、私の別れ話にはあっさりと承諾したのだから。
もちろん何も覚えていなかった私も私だ。私も悪いのはわかっている。でも、なぜだろう? 真木先輩が私のことを『好き』とはとても思えないのだ。
まだ付き合って1ヶ月しか経っていないとはいえ、付き合っていない百十一さんの方が何十倍も愛情を感じる。
それは、私が百十一さんに惚れているせい?
「越名。僕は『ごめん』とは言わないよ。だって僕はそもそも君に告白なんてしてないからね。」
「え?」
「高校の時もさ、つい最近だって、僕は越名に『付き合ってほしい』って言っただけで、一言も『好き』なんて言ってない。」
「どういう、ことですか」
「ゲームだよ、友達との賭けゲーム。越名が僕に完全に堕ちたら僕の勝ち。で、本気になられた時点で潔く振ってやろうっていう、ただの遊び。」
「な、なんで、そんな」
そんな“子供の遊び”みたいなものに、私が巻き添え喰わされるのか。私、なにがそんなに人から反感を買うの―――?
「なんでって。越名がいつまでたっても糞真面目で、誰にも靡こうとしない、お高く止まった女だからだよ。」
「私、お高く止まってなんか―――」
その時。星志さんが手元にあったアイスティーのグラスの中身を、思い切り真木先輩に向かってかけた。
「―――っな。つめたッ!!」
び、っくりした〜! 朝からとんだ大惨事だ。
グラスの中の氷は全て失くなっている。私は優先事項がわからず、とにかく『ホットじゃなくてよかった』とよくわからない安堵を感じた。
「オッサン、マジ朝から糞だりぃんだよ、貴重な朝のオアシスを邪魔してくれてんじゃねえよ、こちとらランディングにコーディングに百十一のオッサンがアホみたいに押しつけてきて最悪なんだよ、なにがゲームだよ仕事しろよいいオッサンが。女を賭け事にして何が楽しんだよ。」
「えエッ嘘でしょ?? な、なんてことを……!」
私は目を見張るどころか真っ青になった。
まさか星志さんが、百十一さんに鬼のように仕事を押しつけられていたなんて!
「査定です! 私、百十一さんをしっかり査定します! まさか派遣の子に契約外のコーディングまで押しつけていたなんて、あるまじき行為です!」
おもむろにテーブルを叩き立ち上がった私。さっさとお会計を済ませようと財布を取り出せば、真木先輩が言った。
「いい。ここは僕は出すよ。」
「え、えと、」
「ごめん。謝るよ。僕はすでに性格を捻じ曲げすぎた。家族の中では自分だけ底辺だし、頑張れは頑張るほど空回りだし、その癖変にプライド高いんだよ僕。」
被ったアイスティーをハンカチで拭こうともしない真木先輩は、もしかして私に殴らせたかったのだろうか?
いつだって完璧だと思っていた先輩の内側に、ようやく踏み込めた気がした。笑顔を貼り付けて、悩みも愚痴も吐露しない先輩のお腹の中は、きっと沸々と煮えたぎっているのだろうと予想はしていたのだ。
ようやく先輩の本音を見せてもらえた。今私、先輩の中で、“嫌い”から“普通”あたりに昇格できたのだと思う。
星志さんがリュックの中からハンドタオルを取り出すと、真木先輩に渡した。
「あの、お兄、さん。そうやっ、て、自分だけ、孤独な位置にいようとするの、つらくない?」
「え……」
「別に、いいんじゃない。あえて嫌われようと、しなくたって。本気で『好き』になったなら、『好き』って言ったって……むぐッ」
星志さんの意味深な言葉に、真木先輩が勢いよく彼の口を手で塞ぐ。なぜか先輩の顔が真っ赤になっている。