百十一は思う。ある意味、難攻不落だと。
君に簡単に手懐けられる俺。
評価会議の事前準備に伴い、人事部でミーティングが行われた。
当社は各社員、社内ポータブルから半期毎に目標設定を定めており、4月から9月の上半期で、その目標にどの程度達しているかどうか、各部課長との事実確認後人事部で精査される。今日はその精査ミーティングだ。
百十一さん、修多良さん共に、目標設定には、『Webデザイナー人員不足を解消後、KPIを定めて効果測定を行い、ターゲティングを念入りに行った上で、対象とする顧客層の興味を引く動画コンテンツを作成し提供する。』と、一旦保留とされていた動画マーケティングについて書かれている。
私の中であの2人はヤクザの類とされていたのに、彼らの担当になってからというもの悪いイメージが覆されている。
長引いたミーティングが終わり会議室を出れば、廊下のつきあたりで修多良さんが糸藤課長に絡んでいた。
「糸藤課長。よ、良ければ、この後ランチでもどうです?」
「ああ悪い。忙しくてとても外出て食べてる暇ない。」
「なら、帰りに美味しいジンジャーチャイが飲めるカフェ行きません? そこならコンセントあるから仕事もできるし、」
「あはは。いかにも女子が好きそうな飲みもんだね。悪いけど私、紅茶とかチャイとか飲まないんだよね。」
「そ、そうですか……。」
修多良さんが糸藤課長を誘ってる? とても珍しい気がする。何度か女性社員に誘われている現場は見てきたけれど、修多良さんから誘っているのは珍しい。
そういえば、私も以前飲み会に誘われたことがある。百十一さんには『マジやめた方がいい』と言われた手前、なにかしら詐欺まがいの、下心あってのことだろうと疑ってしまう。
これは糸藤課長の危機!? 修多良さんの悪い印象は覆されたと思っていたのにやっぱり無理だった。念のため課長を擁護するのも人事の仕事の一環ともいえるのではないのか。
居ても立ってもいられず、私は2人の間に割って入った。
「あ、あのっ。糸藤課長! この間は、身体の容態を心配して下さってありがとうございました!」
課長の前で深々と頭を下げる。2人が驚いたように目を見開くも、修多良さんにはすぐにため息を吐かれた。
「越名さん、風邪治ってよかったね! 風邪もだけど、百十一に連れ去られたって聞いて心配でさ。ラインしちゃってごめんね。」
「いえいえ。心配して下さってとっても嬉しかったです!」
「今ミーティング終わったの? なんかだいぶ長かったよね?」
「そうなんですよ、評価会議の下準備なので。」
「あ、ごめん。ちょっと電話。」
糸藤課長が端により、スマホの画面をタップする。私は修多良さんの勧誘を阻止できたことに胸を撫で下ろした。
と、そうだった!
「そういえば修多良さん、百十一さんが、明日吉井田さんと私と4人で飲みに行こうって言ってたんですけど。」
「越名さあん。なあに俺のお誘い邪魔してくれちゃってんの!」
「へ?」
「その癖自分はちゃっかり俺を誘うとか、なに。俺のこと好きなの? 糸藤課長にヤキモチなの?」
「はい?? ヤキモチ? というか明日どうします? 来ますか?」
「いや、俺の意図ちゃんと汲んで?!」
なんでも吉井田さんから、絶対に、死ぬ気で修多良さんを誘ってほしいと頼まれたのだそう。修多良さんは、私から誘った方が了承してくれやすいと百十一さんに言われたから誘ってみたのだけど。
「待って越名さん。その飲みって明日? 何時から?」
通話をしていた糸藤課長が、スマホを耳から離し、小声で私に問いかけた。通話相手にこっちの声が聞こえないよう、スマホを下に下げている。
「ええと、19時からです。」
「あのさあ、悪いんだけどそれ、私も行っていい?」
「はい? あ、個室のお座敷なので人数増えても大丈夫だと思いますよ。百十一さんに伝えておきますね。」
「ありがとう越名さん!」
糸藤課長が再び通話を始めると、通話相手に何やら断りの謝罪をしていた。
修多良さんを誘ったつもりなのに、唐突に糸藤課長が来ることになってしまった。
「へっ?! 待って、糸藤課長行くなら俺も行く!!」
「ほんとですか? よかったです! きっと百十一さんと吉井田さん喜びます!」
「あの2人に喜ばれても全然嬉しくないけど。」
通話が終わり、深いため息を吐いた糸藤課長が、事情を説明してくれた。
「実は今の電話さ、元カレからなんだよ。」
「はい?! 糸藤課長の、元カレさんですか?!」
「うん。なんか明日、出張でこの辺りに来るらしくてさ。2人で会いたいとか言うから困っちゃって。無理矢理予定作って断ったってわけ。こっちの都合で勝手に飲み会に加わらせてもらってごめん。」
「い、いえそれはいいですけど。他県に住んでる方なんですか?」
「うん。でも向こうはついこないだ離婚したばっかなんだよ。」
「ええ?! 元カレさん、結婚してたんですね。」
「そう。なんか、嫌じゃない? 離婚したからって元カノに連絡してくるの。わたしゃ保険にされるほど落ちぶれてないっての。」
糸藤課長がわかりやすく舌打ちをする。不遜な態度といえども、糸藤課長がやるとなんとも格好良くみえてしまう。
「急な飛び入りでごめんね! でも助かった! 休憩時間終わるから行くね。」
「あ、はい! またこちらからラインします!」
課長が振り返りざまに手を振ってくれる。私も手を振り返していれば、修多良さんに涙目で見つめられた。
「越名さんっ!! 最高! やっぱめっちゃ聖女!」
「はい?」
自分は一体何をしようとしていたのか。ふと気付き、そうだ! と思い出す。私、修多良さんの勧誘を阻止しようとしていたんだった。
結果的に飲み会の場に2人を呼んでしまうことになってしまった。
当社は各社員、社内ポータブルから半期毎に目標設定を定めており、4月から9月の上半期で、その目標にどの程度達しているかどうか、各部課長との事実確認後人事部で精査される。今日はその精査ミーティングだ。
百十一さん、修多良さん共に、目標設定には、『Webデザイナー人員不足を解消後、KPIを定めて効果測定を行い、ターゲティングを念入りに行った上で、対象とする顧客層の興味を引く動画コンテンツを作成し提供する。』と、一旦保留とされていた動画マーケティングについて書かれている。
私の中であの2人はヤクザの類とされていたのに、彼らの担当になってからというもの悪いイメージが覆されている。
長引いたミーティングが終わり会議室を出れば、廊下のつきあたりで修多良さんが糸藤課長に絡んでいた。
「糸藤課長。よ、良ければ、この後ランチでもどうです?」
「ああ悪い。忙しくてとても外出て食べてる暇ない。」
「なら、帰りに美味しいジンジャーチャイが飲めるカフェ行きません? そこならコンセントあるから仕事もできるし、」
「あはは。いかにも女子が好きそうな飲みもんだね。悪いけど私、紅茶とかチャイとか飲まないんだよね。」
「そ、そうですか……。」
修多良さんが糸藤課長を誘ってる? とても珍しい気がする。何度か女性社員に誘われている現場は見てきたけれど、修多良さんから誘っているのは珍しい。
そういえば、私も以前飲み会に誘われたことがある。百十一さんには『マジやめた方がいい』と言われた手前、なにかしら詐欺まがいの、下心あってのことだろうと疑ってしまう。
これは糸藤課長の危機!? 修多良さんの悪い印象は覆されたと思っていたのにやっぱり無理だった。念のため課長を擁護するのも人事の仕事の一環ともいえるのではないのか。
居ても立ってもいられず、私は2人の間に割って入った。
「あ、あのっ。糸藤課長! この間は、身体の容態を心配して下さってありがとうございました!」
課長の前で深々と頭を下げる。2人が驚いたように目を見開くも、修多良さんにはすぐにため息を吐かれた。
「越名さん、風邪治ってよかったね! 風邪もだけど、百十一に連れ去られたって聞いて心配でさ。ラインしちゃってごめんね。」
「いえいえ。心配して下さってとっても嬉しかったです!」
「今ミーティング終わったの? なんかだいぶ長かったよね?」
「そうなんですよ、評価会議の下準備なので。」
「あ、ごめん。ちょっと電話。」
糸藤課長が端により、スマホの画面をタップする。私は修多良さんの勧誘を阻止できたことに胸を撫で下ろした。
と、そうだった!
「そういえば修多良さん、百十一さんが、明日吉井田さんと私と4人で飲みに行こうって言ってたんですけど。」
「越名さあん。なあに俺のお誘い邪魔してくれちゃってんの!」
「へ?」
「その癖自分はちゃっかり俺を誘うとか、なに。俺のこと好きなの? 糸藤課長にヤキモチなの?」
「はい?? ヤキモチ? というか明日どうします? 来ますか?」
「いや、俺の意図ちゃんと汲んで?!」
なんでも吉井田さんから、絶対に、死ぬ気で修多良さんを誘ってほしいと頼まれたのだそう。修多良さんは、私から誘った方が了承してくれやすいと百十一さんに言われたから誘ってみたのだけど。
「待って越名さん。その飲みって明日? 何時から?」
通話をしていた糸藤課長が、スマホを耳から離し、小声で私に問いかけた。通話相手にこっちの声が聞こえないよう、スマホを下に下げている。
「ええと、19時からです。」
「あのさあ、悪いんだけどそれ、私も行っていい?」
「はい? あ、個室のお座敷なので人数増えても大丈夫だと思いますよ。百十一さんに伝えておきますね。」
「ありがとう越名さん!」
糸藤課長が再び通話を始めると、通話相手に何やら断りの謝罪をしていた。
修多良さんを誘ったつもりなのに、唐突に糸藤課長が来ることになってしまった。
「へっ?! 待って、糸藤課長行くなら俺も行く!!」
「ほんとですか? よかったです! きっと百十一さんと吉井田さん喜びます!」
「あの2人に喜ばれても全然嬉しくないけど。」
通話が終わり、深いため息を吐いた糸藤課長が、事情を説明してくれた。
「実は今の電話さ、元カレからなんだよ。」
「はい?! 糸藤課長の、元カレさんですか?!」
「うん。なんか明日、出張でこの辺りに来るらしくてさ。2人で会いたいとか言うから困っちゃって。無理矢理予定作って断ったってわけ。こっちの都合で勝手に飲み会に加わらせてもらってごめん。」
「い、いえそれはいいですけど。他県に住んでる方なんですか?」
「うん。でも向こうはついこないだ離婚したばっかなんだよ。」
「ええ?! 元カレさん、結婚してたんですね。」
「そう。なんか、嫌じゃない? 離婚したからって元カノに連絡してくるの。わたしゃ保険にされるほど落ちぶれてないっての。」
糸藤課長がわかりやすく舌打ちをする。不遜な態度といえども、糸藤課長がやるとなんとも格好良くみえてしまう。
「急な飛び入りでごめんね! でも助かった! 休憩時間終わるから行くね。」
「あ、はい! またこちらからラインします!」
課長が振り返りざまに手を振ってくれる。私も手を振り返していれば、修多良さんに涙目で見つめられた。
「越名さんっ!! 最高! やっぱめっちゃ聖女!」
「はい?」
自分は一体何をしようとしていたのか。ふと気付き、そうだ! と思い出す。私、修多良さんの勧誘を阻止しようとしていたんだった。
結果的に飲み会の場に2人を呼んでしまうことになってしまった。