拝啓、愛しのパイロット様
色々あって、一緒に暮らし始めて、早一か月が過ぎた。
小町は由桔也が仕事で家を空けている間は率先してハウスキーピングをしてくれる。
それどころか、家に帰るとわざわざ玄関まで出迎え、『おかえりなさい』と声を掛けてくれる。
ささやかな出来事だけれど、うれしくて胸がくすぐったい。
由桔也はだらしなく頬を緩ませたまま、小町お手製のおにぎりを頬張った。
口を動かながら手もとのスマホを操作し、今日の羽田上空と、フライト予定の香港の天候について調べる。
(問題なさそうだな)
事前の予報通りで、軽く息を吐く。
本格的な夏が訪れたこの季節は、乱気流や雲の影響が大きい。
特に最近の日本はゲリラ豪雨も多く、台風が発生する地域柄、風向きや風速、気圧の変化には気を遣う必要がある。
悪天候に見舞われた場合、機体が揺れるのを防ぐために迂回ルートを選択したり、フライトそのものを遅らせたりする。
地上の天気と雲の上の天気が異なることも多いが、今日は問題なく想定していたルートで飛べそうだ。
天候のチェックを終えた由桔也は、仕事場である空港に向かうべく着替え始めた。
持っていく荷物は昨日の内にパッキングしてある。
午前中にフライトを終えたあとは香港に一泊し、翌日早朝の復路のフライトで帰ってくる予定だ。
丸一日小町に会えないのは残念だが、仕事なので仕方ない。
「いってきます」
由桔也は小さく呟くと、自宅マンションをあとにし、迎えのタクシーに乗り込み空港へ向かった。