拝啓、愛しのパイロット様
◇
「小町さん!」
名前を呼ばれた小町はビクンと身体を震わせて我に返った。
叫んだ実登里の視線の先を辿ると、右手で持ち上げた筆の先から墨汁が垂れていたせいで、目の前の半紙が真っ黒に染まりテーブルにはみ出していた。
「すみませんっ!」
小町は慌てて筆を置いて半紙を折りたたみ、見落しがないように注意しながら汚してしまったテーブルを拭いた。
「あなたがスクールの最中にぼうっとしているなんて珍しいわね。体調でも悪いの?」
実登里も、いつもなら集中を切らさない小町がうわの空で半紙を見つめていたことに、なにかを察したらしい。
「あ、いえ。平気です」
小町は心配をかけまいと無理やり微笑み、新しい半紙をテーブルに置き、もう一度向き直った。
しかし、気を抜いた瞬間に、あのときの由桔也の顔が頭の中に浮かんでくる。
(由桔也さんに謝りたい)
あのときの自分は、神城からの妨害行為で仕事が上手くいかなかったフラストレーションを乱暴にぶつけてしまった。
言ってしまえば単なる八つ当たりだ。
時間が経つにつれて罪悪感は大きくなる一方で、謝罪しようと何度かメッセージを送ろうとしたが、できなかった。
今の気持ちをどう伝えたらいいのか、迷うあまり手が止まってしまうのだ。
小町はふうっと大きく息を吐き、お手本を見ながらゆっくり筆を動かした。
せっかくのレッスンなのに、よそ見している時間がもったいない。
そう思い直してみるものの、どれだけ時間を費やしても、一向に納得する字が書けない。
結局、小町はろくな字が書けないままその日のレッスンを終えたのだった。