あなたに友達以上の関係は望まない(はずだった)。
そのとき、焦って駆けつけてきた北ヶ瀬さんは私の左手を掴んで引き留めた。
エントランスに響いたその声は、いつも冷静な彼からは想像もつかないほど焦燥に満ちていた。
振り向いてはいけないと分かっているのに。逃げなきゃいけないのに。
頭ではそう分かっているのに、北ヶ瀬さんの声を聞いただけで心臓が大きく跳ねて、足がすくんだ。
「行かないで、和泉さん」
「……」
掴まれた左手から、北ヶ瀬さんの焦りが伝わってくる。
「こっちを向いてくれませんか?」
「……っ!」
切なく掠れた声に、私はゆっくりと俯きながら北ヶ瀬さんのほうへ振り向いた。
肩で息を切りながら、いつも完璧に整えられている髪は少し乱れている。
何より、出会った時から今まで一度も崩れたことのなかった、あの穏やかで余裕のある顔が、今はどこにもない。
ただひどく必死で、今にも泣き出しそうな、切実な表情で私を見下ろしていた。
「どうして……っ、急に一人で帰ろうとするんですか」
私の腕を掴む北ヶ瀬さんの手が、微かに震えているように感じた。
「あ、あの、私明日の朝イチで白石と一緒にやっているプロジェクトの最終確認の会議があるんです!だから、これから会社に立ち寄ろうかなって……!きっと白石も仕事してると思うので!」
「そんな綺麗な姿で、他の男に会いにいくんですか?」
「え?」
「それに、さっきは立ち寄りたいところがあると言っていましたよ」
「あ、えっと、だから」