あなたに友達以上の関係は望まない(はずだった)。
もう自分でも何を言っているのか意味不明だ。
うまく頭が働かない。
「離して、ください……っ」
「離しません。今、和泉さんのこの手を離してしまうと……もう二度と会えなくなる気がして」
「……っ」
「和泉さん、理由を教えてください。僕、何かあなたを傷つけるようなことをしましたか?もしかして、僕の親族達の言葉で不快な思いを……」
……違う、違うよ。
北ヶ瀬さんは何も悪くない。
悪いのは私だ。勝手に北ヶ瀬さんの『友達』という言葉に傷ついて、勝手に北ヶ瀬さんの優しさに甘えて、期待して、そして今、勝手に逃げ出そうとしている、意気地なしの私のほうだ。
北ヶ瀬さんの真っ直ぐな瞳に見つめられて、私はこれ以上自分勝手な嘘をつき通すことができなかった。
震える下くちびるをギュッと噛み締めながら少しずつ口を開いた。
「……お兄さんから、聞きました」
「兄、ですか?何をですか?」
「北ヶ瀬さんの家のこと、ご両親のこと、それから──……夢の話も」
「……!」
その瞬間、北ヶ瀬さんの手に込められていた力がふっと緩んだ。
ハッと息を呑んだ彼の顔から、スッと血の気が引いていくのが分かった。
見開かれた瞳が、激しく揺らぐ。
「私はっ、結婚とか、あたたかい家庭とか、よく分からないんです」
「……」
「結婚願望なんて持ったこともないんです」
これまで自分の中に隠してきた恐怖と本心が、喉の奥からボロボロと溢れ出した。
「誰かと一緒になるのが怖いんです。良くも悪くも関係が変わっていってしまうのも怖い。だから私は一生独身で、一人で気楽に生きていくために高級老人ホームに入るための資金を貯めているような女なんです」
「それは」
「だから、北ヶ瀬さんは私と一緒にいるべきじゃないんです」
分かっている。こんなことを言えば、彼がどんな顔をするか。
ポロポロと堪えきれなくなった涙が両目からこぼれ落ちて、せっかく綺麗に施してもらったメイクが台無しになっていく。
視界が滲んで、目の前にいる北ヶ瀬さんの顔がよく見えない。