あなたに友達以上の関係は望まない(はずだった)。
「わっ!」
北ヶ瀬さんの甘い香りがふわりと鼻を掠めた。
「……北ヶ瀬、さん?」
「確かに僕は、両親の不仲を幼い頃からずっと見てきたので、普通の幸せな家庭というものに強い憧れを持っていました」
「……っ」
「きっと今でも、それが僕の理想なんだと思います」
至近距離から聞こえてくる彼の声は、ひどく静かなものだった。
けれど、北ヶ瀬さんの胸元で響く心臓の鼓動は私の耳に届くほどドキドキと脈打っていた。
「だから、私とは一緒にいちゃいけないんですよ!離してください……っ!」
「でもそれは、誰でもいいってわけじゃないんです」
「……え」
「マッチングアプリで和泉さんと出会って、ちゃんとお友達になって、あなたのことを少しずつ知っていくうちに……僕のその理想は〝和泉さんじゃないと意味がない〟ということに気づきました。だから、お見合いも断ったんです」
私の背中を抱く彼の手が震えていた。
彼の熱い体温がどんどん私に共有されていく。
「──僕も、和泉さんのことが好きです。出会ったときから、ずっと」
「え?北ヶ瀬さんも、私を……?」
「はい、ずっと愛していました」
「で、でも!北ヶ瀬さんは私のこと、友達って……っ、そう言ったじゃないですか!」
腕を骨折して毎日のように看病に来てくれていた北ヶ瀬さんが、最終日に残した言葉。
『僕達は、友達……でしたね』
「〝気軽にご飯やお酒を一緒に楽しめて、笑ったり泣いたりできる友人のような関係になれる人を募集している〟」
「え?」
「〝どれだけ親しくなっても、恋人になることも、体の関係を持つこともありません〟」
「それは、私の紹介文の……」
「和泉さんとの約束を破って、二人の関係が壊れることを恐れました」
「……っ!」
「本当はあのとき、キスしたくてたまらなかった。早く自分のものにしてしまいたいと、ずっと思っていました。でも、そんな自分の欲求を満たせば嫌われてしまう。僕は和泉さんに嫌われることが何よりも怖かったんです」