あなたに友達以上の関係は望まない(はずだった)。




 「はぁ、緊張する……」

 マッチングアプリで知り合った人、という前提はもちろんあるけれど、辻村くん以外の男性とこうして改まって会う機会なんてこれまでほとんどなかったせいか、あと一年も経たないうちに三〇代に突入してしまう女とは思えないような胸のドキドキ感が朝から拭えずにいる。


 約束の時間は一九時。

 北ヶ瀬さんは私の仕事終わりの時間帯と出向きやすい駅を聞いて、今夜はそこからチョイスしてくれたイタリアンのお店に行くことになっている。



 「(やっぱり違ったって思えば次会う約束をしなければいいんだから。あくまで気軽に、気軽に……)」

 だって私が出した条件は『友達』だ。

 別に恋人になるわけでも、ましてや体の関係につながるわけでもない。




 「──よし、商談の時間!」

 まずは仕事だ、それしかない。

 里英は老後のことなんてまだ考えなくていい、と言っていたけれど、本当に最後まで独り身の人生を辿るようなことになれば、目星をつけている高級なホテルのような老人ホームに入ることをまだ諦めたわけじゃない。

 そのためにはやっぱりお金が必要で、一人でいる限り一馬力で稼いでいかなくちゃいけないのだから。

 私はできたばかりの資料を丁寧にファイルに綴じて、新卒のころからのパートナーである大きな鞄を肩にかけた。



 「商談行ってきまーす!」

 まるで今夜の不安をかき消すように、わざとらしくハツラツとした声でそう声掛けをしてフロアを後にした。




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