あなたに友達以上の関係は望まない(はずだった)。
北ヶ瀬さんはとても不思議な人だった。
彼の振ってくれる話題の全部が面白くて、楽しくて、気づけば私の警戒心は一つ、また一つと消え去っていた。
北ヶ瀬さんと過ごす時間は自分でも驚くほどあっという間に過ぎていって、悩みに悩んで注文したエビとアボカドのボロネーゼが入っていた大皿をきれいに平らげたとき。
「あ、和泉さんここにソースが……ちょっとジッとしていてね」
「……!?」
突然、なんの前触れもなくスッとこちらへ伸びてきた長い腕は、私の口元についていたソースを優しく紙ナプキンで拭った。
ゆっくりなテンポでポンポンポン、と三度軽く叩いたあと、その手はピタリと停止する。
「……って、すみません!僕、馴れ馴れしいですね」
ハッとしたようにそう言って、北ヶ瀬さんは大慌てでその長い手を引っ込めた。
「い、いえ全然大丈夫です!お恥ずかしいところをお見せしました!」
あまりにも自然な流れだったせいか、逃げ腰になることも、拒否反応もなくその場で固まってしまう。
「(な、何これ。思わずドキドキしちゃった……)」
ただただ心臓がドキドキと爆音で脈を打っていることがバレませんようにと息を潜めた。
「海外生活が長かったせいか、日本のパーソナルスペースというものがたまに抜けてしまって……すみませんでした」
「いえ、気にしないでください!ソースついたままのほうが恥ずかしかったですから!あ、そういえば少し前まで海外にいたと言っていましたよね?海外生活、長いんですか?」
なぜか私よりも恥ずかしがって両手で顔を覆う北ヶ瀬さんに、どうにか話を変えようと海外の話を振った。
実はずっと気になっていた、北ヶ瀬さんの海外事情。
これまで一度も海外に行ったことのない私は、密かに話を聞いてみたかったことの一つだった。