あなたに友達以上の関係は望まない(はずだった)。





 そう言って私のスキンケアをそっと奪った北ヶ瀬さんは、このルーティンを毎日欠かすことなく行なってくれるようになった。



 英国仕込みの紳士にひたすら甘やかされる毎日。

 十五歳で海外へ渡り、そこからずっと一人暮らしをしてきたという北ヶ瀬さん。料理も掃除も、私より何倍も手際良くこなす姿に何度見惚れてしまっただろう。


 大晦日に腕を折るだなんて最悪だとばかり思っていたけれど、こうして毎日彼と会えて、日常のいろんなことを知れたのは唯一のラッキーだったかもしれない。




 ──そして、今日。

 夢のようだったお正月休みの、最後の夜。


 ギプスを濡らさないようにゴミ袋でぐるぐる巻きにしてもらって、なんとか左手一本でシャワーを済ませてからリビングへ向かうと、そこにはいつものようにドライヤーを持って待ってくれている北ヶ瀬さんの姿があった。



 「お疲れ様です、和泉さん。さ、こちらへ」

 「ありがとう、ございます」



 促されるままにソファへ腰掛けると、北ヶ瀬さんは私の背後に立って、バスタオルで優しく頭を包み込んだ。

 まるで壊れ物でも扱うかのようにポンポンと水気を吸い取っていく彼に揺すられながら、私はそっと目を閉じた。




 あれだけ一人でいるのが気楽だったはずなのに、北ヶ瀬さんがいるこの数日間は驚くほど居心地が良くて、ただひらすらにあたたかかった。



 「(なんで私、一度も苦痛に思わなかったんだろう)」

 北ヶ瀬さんが作り出す空間が、全く嫌じゃなかった。

 変に気を遣うこともなければ、何か喋らなくちゃとプレッシャーに感じることもなかった。

 ただ自然に時間が流れていって、リラックスしながらたくさんの会話を楽しんだ。



 まるで自分の性格が変わってしまったのかと思ったけれど、きっとそれは違う。

 「(北ヶ瀬さん、だからだ──)」



 ブォーッ、とドライヤーの温風が吹き始める。

 時折、北ヶ瀬さんの長くて綺麗な指先が私の髪を梳きながら耳元やうなじに無意識にそっと触れる。



 「ひゃっ……」

 「熱かったですか?」

 「い、いえ! 全然大丈夫です!」


 熱いのは風のせいなんかじゃない。

 触れた部分を意識して、勝手に熱くなっている私のせい。




 明日からはもう、通常の生活に戻ってしまう。

 この心地よい時間も今日で終わりなんだと思うと、胸の奥がキュッと窄むような寂しさに襲われた。





< 81 / 129 >

この作品をシェア

pagetop