あなたに友達以上の関係は望まない(はずだった)。
「実はさ、北ヶ瀬っていうあの苗字に見覚えがあってね?元旦那の実家って結構裕福だったじゃない?お義母さんがよく好んで買っていたのが『北ヶ瀬呉服店』の着物だったんだよね。それで気になって調べたら、和泉の彼氏……あ、まだ彼氏じゃないか。とにかく、その名家の次男坊だって判明したのよ」
「ちょっと待って、どういうこと?」
「それでね、ダメ元で公式のSNSのDMにお義母さんの名前を出してメッセージを送ってみたら、なんと彼が対応してくれたんだよねぇ。で、ホテルのラウンジで会う約束を取り付けたってわけ」
これまで私の知らなかったことが、どんどん明るみになっていく。
里英と由希子が今日のこのことを企んでいたことも一切知らなかったし、北ヶ瀬さんが呉服店を営んでいたことは知っていたけれど、まさかあんなに有名なところだとは思いもしなかった。
「じゃあ由希子は北ヶ瀬さんのこと、本当にそれだけ……なの?狙ってないの」
「ないない!まあ、爽やかイケメンだし?仕事できるし、帰国子女みたいだし?車も持っていて、それでいて実家が極太じゃない?うっかり惚れちゃいそうになったんだけどね?」
「なっ!それほとんど惚れちゃってるじゃない!?」
「でもまぁ、あたしには無理だなってすぐに分かったよ。北ヶ瀬さんは──……和泉だけだよ」
「え?」
あっけらかんと笑っていた由希子は、力なく座り込んでいた私の目の前で少し身を屈めると、ふっと目元を和らげた。
さっきまでの意地悪な顔はもうどこにもなくて、いつもの彼女に戻っている。
「北ヶ瀬さんはさ、和泉の話題になるとすっごく柔らかい顔になって話すんだよね」
「そんなことっ」
だって、北ヶ瀬さんは私のことをはっきりと友達と呼んだ。
くちびるが触れ合いそうになったとき、彼は確かにそう言って自ら体を引き下げた。
「和泉さ。多分今、本当に人生の分岐点にいると思う」
「……うん」
「前の恋のせいでいろいろあったのは分かるよ?でもね、いつまでも怖がってたり逃げてたりしたら、絶対後悔する日がくると思う」
「そうだよ、和泉。あたし達はただ、アンタに幸せになってもらいたいだけだからね。一生独身で、将来は老人ホームに入るなんて言わないでよね」