推しと奏でる、私たちの唄 〜ドS天才歌手の隣は甘くて難しい〜
 ——なんなんだ、こいつ。

 「あのさ」

 夏が睨むと、彼女はぱっと笑った。

 「やっと話してくれた!
 ねぇ、ちゃんと聴きたい。あなたの歌」

 「……ここじゃ歌えねぇよ」

 「じゃあ、歌えるとこ行こ」

 そう言って、彼女は当然のように帰宅する夏の後をついてきた。

 マンションの玄関で立ち止まった夏に、彼女は言う。

 「お邪魔します!」

 「……はぁ」

 部屋に入るなり、きょろきょろと見回す。

 「あれ? 親御さんは?」

 「いねぇ。一人暮らし」

 「え?」

 夏の両親は小さい頃から不仲で喧嘩が耐えなかった。

 夏が中学生のとき、両親は離婚。

 その後、夏は父親に引き取られたが、もともと親子関係も良くはなくて、父親が再婚したと同時に高校からは一人暮らしをしていた。

 思えば、小さい頃から両親の喧嘩が聞こえないようにイヤホンで耳を塞いで音楽を聴いていた。それが自分だけの世界を作り出すーー曲作りを始めたきっかけだったのかもしれない。


 「どうでもいいだろ。
 俺の歌聴いたら、もう付きまとうのやめろよ」

 「それは、私が満足したらね」

 夏はギターを手に取った。
 誰かのために歌うなんて、久しぶりだった。

 歌い終えた時、彼女――茉白は、目に涙を浮かべていた。

 「……好き」

 「は?」

 「夏のことも、
 夏が歌う声も、歌も」

 そんな言い方をされたのは、初めてだった。

 「もう会わないなんて、やだ」

 「……わかったから。泣くなよ」

 それが、始まりだった。
< 30 / 41 >

この作品をシェア

pagetop