来世も君と恋(コン)してる!

1話〈星見稲荷神社の御狐様〉

○宵ヶ丘町 星見稲荷神社 拝殿 神木の上(朝)
 プロローグ
〈叶えたい願いがあるのなら、御狐様に願うといい。必ず、願いを叶えてくださるから――〉
 青い空が一面に広がる空に、青々とした葉が靡く。
 星見稲荷神社に聳える神木(イチョウの木)の枝に座り、空を眺める、少年(野狐 椛(やこ もみじ)(見た目14))。
 隣の家の玄関から勢いよく扉を開ける音が聞こえ、そちらに目を向ける。
 長い髪をたなびかせ、慌てた様子で走る女子高校生(兎見 柚月(うさみ ゆづき)(17))を見て、椛は口角を上げる。
 
○同 階段(朝)
 石畳の段が高めの階段。
 急いだ様子で神社の長い階段を駆け上がる、柚月。
 息を荒げ、汗を垂らしながら、先の見えない階段を進んでいく。
 境内に入ると、竹箒で落ち葉をはらう神主・羽雁 杏哉(はがり きょうや)(24)と目が合う。
 人当たりの良い優しい笑顔で挨拶する杏哉に対し、柚月も挨拶を返す。
 拝殿の賽銭箱の前に立ち、カバンの中から狐柄の小さな入れ物を取り、その中から一枚の五円玉を取り出す、柚月。
 カランカランと音を立たせながら賽銭箱へ入れ、瞳をギュッと瞑って手を合わせる。
柚月M「今日は〜……そうだ! 数学の時間、先生から発表の時に当てられませんようにっ!」
 小さく些細な願いを心中で唱える、柚月。
 その願いに返事をするかのように、優しくも冷たい風が柚月の右頬を撫でる。
椛 「毎日律儀だね、(つき)
 風が撫でた右側の耳元で、風鈴が鳴るように耳障りの良い少年(椛)の声が響く。
 距離のせいか吐息が耳をかすり、全身が跳ねるように驚く、柚月。
柚月「わあぁ?!?!」
 慌てて右耳に手を当てて塞ぎ、声のした方向を見ながら距離をとる、柚月。
 椛は、柚月より数センチ低い身長差を縮めるためにつま先を伸ばし、内緒話をするかのように口元に手を当てた状態のまま離れた柚月を見やる。
椛 「そんなに驚かなくても」
 椛はいたずらっ子のような笑みを浮かべ、ズレたカバンを肩にかけ直す。
柚月「や、ヤコくん! それビックリするから禁止!」
椛 「え〜」
 不満気な声を漏らすも、椛はどこか楽しげにつり気味な瞳を細めて笑う。
 椛はここ、〈星見稲荷(ほしみいなり)神社〉を管理する神主・杏哉の元で暮らしている中学二年の少年。杏哉の話によると〈親が遠くで仕事をしているため預かっている親戚の子〉ということらしい。
 神社の隣に住む柚月とは小学生からの仲で、世の中でいう幼馴染というやつだ。
椛 「今日で13,700円だよ。月からの〈お願い料〉」
柚月「なんで覚えてるの……いや、その前にお賽銭数えないの!」
椛 「無駄遣いはやめた方がいいと思うけどな〜。まぁ、ウチとしては儲かるからいいけど」
柚月「夢のない言い方しないの! それに、御狐様に失礼でしょ!」
 メッ、と頬を膨らませて怒る柚月を見て、くすくすと笑う椛。
 バカにされたように感じ、顔を赤く染めて更に頬を膨らます柚月。
杏哉「――柚月ちゃん、大変楽しそうでなによりですが……そろそろ学校に向かわないと遅刻してしまうのでは?」
 ザリザリと草履で砂利を歩く音をたてながら近づき、優しげに声をかけて袂から取り出した懐中時計を見せる、杏哉。
 杏哉のアナログ式の懐中時計は8時30分を指している。
柚月「え、もうこんな時間!? 杏哉さん、ありがとうございます!」
杏哉「いいえ、お気を付けて」
 振り返って階段を駆け降りようとする柚月に、笑顔を浮かべながら控えめに手を振る、杏哉。
 そして隣で大変満足そうに柚月を見つめる椛を見やり、はぁとため息を零す。
杏哉「……”貴方様”も、でしょう」
椛 「はいはい。わかってるよ」
 呆れた様子の杏哉に対し、軽く返事をして身軽な足取りで柚月の後をついて行く、椛。

〇宵ヶ丘町 通学路(朝)
 住宅や緑が点々としている道。
椛 「月、待ってよ」
 走っている柚月の後ろを、疲れた様子もなく身軽に追いかけて横に並ぶ、椛。
柚月「ヤコくん?!」
椛 「途中まで一緒なんだし、置いてかないでよ」
 横から顔を近づけ、寂しそうな表情を浮かべる、椛。身長差の影響で、椛が上目遣いで柚月を覗き込む。
 反射的に足を止め、顔を離すように手で塞ぐ、柚月。
柚月M「か、かわいいけど、距離が近いな……」
 と、心の中で呟く、柚月。
柚月「わ、わかった! わかったけど、早くしないと遅刻……」
椛 「杏哉の時計、15分遅れてるからまだ大丈夫。今は8時20分くらいだから歩いても間に合うよ」
 ポケットの中から自身のスマホを取り出す、柚月。
 スマホには8:19と表示されている。
柚月「ほ、ほんとだ……。はぁ……よかった〜……」
 柚月は荒い息を整え、深く息を吐く。
 椛はそんな柚月の前に立ち、乱れて目にかかっている前髪をはらう。
柚月「な、なに……?!」
椛 「もう少し落ち着いたらいいのに。まぁ、月のそういうところも可愛いけど」
 顔を真っ赤に染める柚月。そんな柚月を愛おしそうに見つめ、横髪を指でなぞる、椛。
柚月「ち、ちこくっ! 遅刻するから! 私もヤコくんも! そういうのはまた明日ね!」
 赤く染まる顔を隠すように、通学路を進み始める、柚月。
 そんな柚月の隣を歩幅を合わせてついて行く、椛。
椛 「え〜、いっそもうこのまま二人でサボってもいいよ? 僕は大歓迎」
柚月「だめ! 私もヤコくんもそろそろ進学のこととか考えないとだし、一時の甘えが今後を苦しめることになるの!」
椛 「はいはい、わかったよ」
 柚月は頬をふっくりと膨らます。
 柚月の垂れ耳うさぎのように軽く結われた横髪がぴょこぴょこと跳ねる。
 そんな柚月を見て、降参だというように両手をヒラヒラと振る、椛。
柚月「てかいつまで着いてくるの? ヤコくんの中学校、あっちだよね?」
 柚月は進行方向とは逆方向を指差す。
椛 「こっちの方が近道なんだよ。知らない?」
柚月「……嘘なのわかるからね。私も同じ中学通ってたんだから」
 じとっと瞳を細めて椛を見る、柚月。
 柚月の瞳を見て、諦めたように笑う、椛。
椛 「バレちゃった」
柚月「当然! 昔っからヤコくんの冗談は聞き慣れてるからね。もう全部お見通しだよ!」
椛 「ふふ、そっか」
 ふふんと自慢げな柚月に、ニコニコとどこか楽しげな椛。
柚月「じゃあヤコくん、授業がんばっ……」
 柚月が互いの通学路を進もうとした瞬間、椛に振ろうとした手を取られる。
 激励の言葉は途切れ、取られた手は椛の頬へと導かれ、されるがままに椛の頬を撫でる。
 急な行動、何も言わない椛に困惑して硬直する、柚月。
 ほんの数秒、感触を堪能した後、手をおろし、最後に薬指を名残惜しそうに引いて、サッと何事も無かったかのように離す。
椛 「じゃ、いってきます」
 にこりと愛おしげな、しかし寂しさも混じったような笑みを柚月に向け、中学に向かう通学路の方へ足を進める、椛。
椛 「あ、そうだ。」
 数歩進んだ後、未だ状況が飲み込めずその場で固まる柚月の方にくるりと向き直る、椛。
椛 「”数学、もっと勉強しなきゃね”」
 瞳を細めてニヤリと笑い、返事も待たずに通学路を歩む、椛。
 椛が道を曲がり、姿が見えなくなった後、ハッと我に返る、柚月。
柚月「っ、も〜〜! いい加減昔の距離感、直してもらわないと……!」
柚月M「そろそろ私がもたなくなりそう……っ」
 軽く結われた横髪を掴み、赤く染まった頬と口元を隠す、柚月。
 同じ制服を着た男子高校生が柚月の横を自転車が通り過ぎるようなスピードで駆けていく。
柚月「あ! 遅刻!!」
 同じく柚月も慌てて学校へ足を早める。
柚月M「あれ、そういえば……私今の数学でつまずいてること、ヤコくんに言ったっけ?」
 生まれた些細な疑問は、遅刻の不安ですぐに柚月の思考からは消えた。

〇宵ヶ丘町 星見稲荷神社 拝殿 境内(朝)
 コツコツと石畳を歩くと鳴るローファーの音を響かせながら、境内へと入る、椛。
 その足取りはどこか楽しげであり、どこか怪しげ。
杏哉「――そろそろ行動したら如何です?」
 社務所から椛の元へ近づく、杏哉。
椛 「僕の行動を邪魔しといて、何言ってんだか」
 不満そうに杏哉を一瞥する、椛。
杏哉「学生の本分は勉強です。俺は柚月ちゃんを遅刻させるような”意地の悪い大人”になるつもりはありません」
 にこりと人当たりの良い笑みを浮かべ、瞬間スっと瞳を見据える。
杏哉「御狐様からの有難いお達しとあらば、従いますが?」
椛 「いい。……全く、どっちが意地の悪い大人だよ」
杏哉「御狐様にだけは言われたくないですね」
椛 「まずその呼び方を控えろ。”今の”僕は椛だ」
杏哉「そうですね。失礼いたしました。椛様」
 深々と形だけ頭を下げる、杏哉。
 面倒そうにそんな杏哉を見る、椛。
杏哉「しかし、そろそろ積極的に行動すべきだとは思いますよ。柚月ちゃんも高校生、別の方に取られてもおかしくないかと」
椛 「それは大丈夫だよ」
 自信ありげに凛とした声が杏哉の言葉を遮る。
椛 「月と僕は運命で結ばれてる。……逃げられなんてしないよ」
 いっそう風が強く吹き、神社の横に佇む神木の葉が暴れ出す。
 瞬間、太陽が雲で隠れ、辺りが影で覆われる。
 飴色を孕んだ椛の瞳が暗がりの中、ギラリと弧を描いて輝く。
 椛の表情は獣のように力強く、枯葉のように儚げだ。
椛 「それに……僕が、逃さない。」
 杏哉は息を飲み、言葉を失う。
 雲がはけ、太陽が顔を出す。椛は一つ瞬きをすると、飴色の瞳は落ち着きを取り戻す。
椛 「杏哉、これからもサポート頼んだよ」
 安心したように、杏哉の緊張が解ける。
 人当たりの良い笑みを見せ、微笑む椛。
 しかし杏哉には、有無を言わさぬ意地の悪い笑みにしか見えず、本日何度目かのため息を吐く。
杏哉「……椛様のご命令とあれば」
椛 「うんうん。よろしくね」
 満足そうに声色を弾ませる、椛。
椛 「まぁ、でもそろそろ先に進まなきゃとは思ってるよ。”代償”のこともあるし」
杏哉「そうですね。どうなさるおつもりで?」
椛 「大丈夫。もう対策はしてるから」
 自信ありげな視線を杏哉に向ける、椛。
 楽しげに鼻歌を歌いながら、狐の耳と尻尾を出現させてご機嫌そうに尻尾を揺らす。
杏哉M「今度は何を考えているのやら……」
 呆れと心労からため息を零す、杏哉。
杏哉「……それはそうと椛様。今日、学校はどうしたんですか?」
椛 「あぁ、だって僕、この世の常識を創ってきた側だよ? 今更人間の勉強なんて――」
杏哉「一体、どなたの命令で、学校に通わせる手続きをしたと思ってるんですか?」
 威圧のある杏哉の声が椛の言葉を遮る。
 ギクリと肩を跳ねさせ、冷や汗を流す、椛。
 武者震いから狐耳と尻尾の毛並みが立つ。
椛 「わ、わかった。わかったから! 行ってくる!」
 杏哉の圧から逃げるように、軽い身のこなしで神社を後にする、椛。

 
1話 終
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