来世も君と恋(コン)してる!
2話〈椛と柚月は幼馴染?〉
○宵ヶ丘町 星見稲荷神社 拝殿 境内(朝)
カランカランと賽銭箱に五円玉が入る音が響く。
慣れた手付きで手を合わせる、柚月。
願い事が終わり、瞼を開けてふぅと息を吐く。
椛 「つーきっ」
声と同時に背後から柚月に抱きつく、椛。
柚月はパチクリと数回瞬きしたのち、頬を真っ赤に染めて離れようと抵抗を見せる。
柚月「や、ヤコくん、近いっ!」
しかし離す様子はない、椛。
椛 「今日は何、お願い事したの?」
柚月「お、教えないっ! 願い事って言ったら叶わなくなっちゃうんだよ?」
椛 「えー、……ならこのまま学校行かせない」
椛の腕の中でジタバタと脱出を試みる柚月。しかし椛は力を強め、離れる様子はない。
柚月M「な、なんで?! なんか、いつもより近くない?!」
なす術がない状況に困惑する、柚月。
椛の顎は柚月の肩に置かれ、頬を首筋に擦り寄る、椛。
椛 「言わないと月も僕も、学校サボる悪い子になっちゃうよ?」
ニコニコと意地の悪そうに笑う、椛。
椛 「”また意地張って、ほんと悪い子だ。”」
柚月「わ、わかった! 言う! 言うから――」
柚月が降参しようとした矢先、椛の背後から椛の頭を竹箒で軽く殴る、杏哉。
杏哉「流石にやりすぎです」
呆れたような顔で椛を見やる杏哉を見て、「はいはい」と軽く返事をして柚月から離れる、椛。
杏哉「柚月ちゃん、大丈夫ですか? 椛がすみません」
心配そうに柚月を見る、杏哉。
柚月「い、いえ……大丈夫、です……」
真っ赤な顔を横髪で隠す、柚月。
柚月がキリッと椛を睨むと、椛は柚月の視線に気づき、心底満足そうな笑みを浮かべる。
そんな椛を見て、ため息を吐く、杏哉。
杏哉「……そろそろ登校には良い時間ですよ」
柚月「そう、ですね……行ってきますっ」
視線を俯かせ、脇目も触れずに階段へ向かう、柚月。
椛 「待ってって、月。一緒に行こうよ」
柚月のもとへ駆け寄り、柚月の手を取って繋ぐ、椛。
柚月「…………」
一瞬足を止めるも、何も言わず、手を振り払うわけでもなく歩みを進める、柚月。
そのまま柚月が先導するかたちで階段を降りていく、二人。
そんな二人を見て、ため息をこぼしながら頭を抱える、杏哉。
○同 夜凪高等学校 2-2教室(朝)
共学の公立高校。校舎の2階の真ん中に位置する教室で、生徒は賑やかに過ごしている。
ガラガラと教室の後ろの扉を開け、後ろから二番目の席へ座る、柚月。
一言も言葉を発さず、カバンの中の教科書や筆記用具などを机に出していく、柚月。
そんな柚月の肩を後ろから細く綺麗な人差し指がつつく。
ゆっくりと後ろを振り向く、柚月。
柚月の後ろの席に座っている、猫崎 佳葡(17)。
佳葡「おはよ、柚月」
佳葡は読んでいた漫画本を閉じ、机に置く。
柚月「……佳葡ちゃん」
佳葡「朝からしょげてるけど、なんかあった?」
佳葡は柚月の口にお菓子を入れ、ぽんぽんと柚月の頭を撫でる。
口の中にあるお菓子を飲み込んだのち、口を開く、柚月。
柚月「佳葡ちゃん……あのね……幼馴染ってどうすれば普通の友達みたいになってくれるかな?!?!」
今にも泣きつきそうな勢いで佳葡に縋る、柚月。
そんな柚月に、察して「あー」と声を漏らす、佳葡。
佳葡「例の幼馴染くん? えっと確か……ヤコくん、だったっけ?」
柚月「そう!」
佳葡の手を掴み、力強く握る、柚月。
佳葡「あたし幼馴染とかいないから知らないんだけど、そんなに変なの?」
柚月「た、多分……私もヤコくんしか幼馴染って知らないし……」
自信が持てず、佳葡の手を握る力が弱まる。
佳葡「付き合い長いんだし、多少は普通の友達より距離が近いのはしょうがないと思うけど。それにその子、まだ中学生でしょ?」
柚月「で、でも、登校の時に手を繋いだりする?」
佳葡「まぁ、中学生ならまだ許容範囲じゃない?」
柚月「耳に囁いてきたりは?」
佳葡「……ん?」
柚月「後ろから抱きついてきたり、首筋とか手に擦り寄ってきたり……」
佳葡「いや、待って待って。それ全部されたの?」
柚月「後半は全部今日の朝の話だよ」
嘘偽りない純粋な目を向ける柚月に、頭を抱える、佳葡。
佳葡「……確かに、近いかも、ね」
柚月「でしょ?! 佳葡ちゃんならわかってくれると思ってたよー!」
共感された嬉しさから声のボリュームが自然と上がり、瞳を輝かせる、柚月。
抱きつく勢いで腕を広げる柚月の頬を、佳葡は手のひらで押し返す。
ハグを拒否されたことでおとなしく席に座る、柚月。
柚月「懐いてくれてるのは素直に嬉しいんだけどね。でも、ヤコくんも私ももう子供じゃないんだし、そろそろ距離感考えてもらわないと……」
眉間に皺を寄せ、頭を悩ませる、柚月。
そんな柚月を見つめ、佳葡は頬杖をついて片手で器用に菓子の箱を開ける。
佳葡「……たまに話聞いててずっと思ってたんだけど、そんな昔から仲良いの?」
開けた箱から菓子を取り出し、口に咥える、佳葡。
柚月は佳葡に向き直り、自身の顎に指を当てる。
柚月「初めて会ったのは、私が小学五年生の時だよ」
佳葡「へぇ、生まれてからずっととかじゃないんだ」
柚月「それは佳葡ちゃんの好きな少女漫画の話でしょー」
佳葡の開けた菓子を手に取り、口へ含む。
柚月「私、その頃宵ヶ丘町に引っ越してきたから。で、隣が神社だったから行ってみよーってなって、そこで出会ったのがヤコくん」
口の中に広がる甘さと共に、柚月は昔の思い出を思い返す。
○過去 宵ヶ丘町 星見稲荷神社 階段
真っ赤な紅葉がまるでレッドカーペットのように階段を埋め尽くしている。
手を胸元でギュッと握り、辺りをキョロキョロと見渡す、柚月。
当時の神主(杏哉の父(47))と柚月の両親(37)が話している中、柚月(小)(10)は導かれるように神社の階段を一人で不安そうな足取りで登っていく。
○過去 同 拝殿 境内
神社までの階段を登った先、真っ赤な紅葉が空を舞う中、拝殿の前に椛(小)(見た目7)の後ろ姿を見つける。
椛はまるで最初から柚月が来ることがわかっていたように、柚月の方を振り返ると、尊いものを見つけたように瞳を細めて微笑む。
椛(小) 「――――――。(やっと見つけた。)」
椛の口から言葉が発される瞬間、拝殿近くに聳え立つ神木がガサガサと音を立て、椛の声を掻き消す。
風の影響で一瞬目を瞑る、柚月。
風が止み、瞼を開けると、目の前に椛が柚月を覗き込むように立っているのが目に入る。
反射的に一歩後退る柚月の手を、椛は逃がさないとでも言うようにギュッと握りしめる。
椛(小) 「僕、ヤコ。野狐 椛。君は?」
柚月(小)「え……私、うさみ ゆづき……」
困惑しつつも、不思議な感覚がする椛から視線を離すことができず、自然と自己紹介が零れ落ちる。
椛(小) 「ゆづき、ね。……じゃあ月ちゃんって呼ぶね!」
柚月(小)「う、うん」
心底嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべる椛に、なぜ嬉しそうなのかと疑問に思う、柚月。
そんな疑問は束の間、どこからか鐘の音が微かに鳴り、柚月の視線が拝殿へ向く。
小さな神社。しかし柚月の中でどこか惹かれる魅力を感じ、視線が釘付けになる。
椛(小) 「神社、気になる?」
傍らから椛が疑問を投げかけると、柚月は視線を逸らさず「うん」と空返事を返す。
そんな柚月を見て、椛は笑みを深める。
椛(小) 「ここはね、昔、なんでもお願いを叶えてくれる狐の神様がいたんだよ」
柚月(小)「きつね?」
椛(小) 「うん。御狐様って呼ばれて、たくさんの人や生き物のお願いを叶えたんだ」
椛が自身のズボンとポケットから五円玉を一枚取り出し、柚月へ渡す。
椛(小) 「不安なことがあるなら、御狐様にお願いしてみて?」
不安そうに眉を下げる柚月の手を、椛は包み込むようにして握らせる。
柚月はゆっくり、慎重な足取りで紅葉によって赤く染まる石畳を歩き、拝殿の賽銭箱の前に立つ。
そのまま賽銭箱へと五円玉を投げ入れる。
カランカランと五円玉が箱に入る音がしたのち、手を合わせて瞳を閉じる。
柚月(小)M「……”おともだちが、できますように”」
秋の暖かな日差しが柚月を包む。
不安な気持ちが少し晴れ、顔色が多少良くなる、柚月。
ゆっくりと瞳を開くと、鮮やかな拝殿の朱色が瞳に映る。
それと同時に、改めて自身の不安と向き合った影響で柚月の表情が陰る。
柚月(小)「おねがい、かなうかなぁ……」
椛(小) 「何お願いしたの?」
背後から柚月の横顔を覗き込む、椛。
柚月(小)「わぁ?!」
急に声をかけられ、肩を跳ねさせる、柚月。
柚月(小)「え、えっと……な、ないしょ……」
椛(小) 「えー、どうして?」
柚月(小)「はずかしい、から」
椛(小) 「ふーん。まぁ、言いたくないならいっか」
軽い身のこなしで柚月から離れる、椛。
遠くから柚月の両親が柚月の名前を呼ぶのが聞こえる。
その声に気付き、階段の方へ歩を進める、柚月。
しかし後ろからの視線を感じて足を止め、振り返る。
赤い紅葉の葉が舞う中、賽銭箱の前で柚月を見つめる椛の姿が映る。
椛は視線に気づくと笑顔でひらひらと手を振る。
柚月は、胸元で不安気に握っていた手を更にギュッと握りしめ、椛へ向き直る。
柚月(小)「あ、あの!」
手を振るのをやめ、首を傾げる、椛。
意を決したように、唾液を飲み込む、柚月。
柚月(小)「ま、また、会える、かな?」
柚月(小)M「なんで、だろう。今、ヤコくんに会えなくなる、かもって……また会いたい……また会わなきゃって、思った」
椛は目を見開き、嬉しそうな、しかしどこか悲しそうにも見える笑顔を浮かべる。
椛の瞳に光はなく、真っ黒に染まっている。
椛(小) 「もちろん。だって、僕達もう”お友達”でしょう?」
柚月(小)M「おとも、だち」
椛は「またね」と言って、再度手を振る。
椛へ軽く手を振り返し、階段を降りていく、柚月。
椛(小) 「また、会うよ。僕達は結ばれてるから」
階段を降りていく柚月の背中を見つめ、椛は独り言をこぼす。
○過去 宵ヶ丘町 星見稲荷神社 階段前
挨拶を終えた柚月の両親と杏哉の父が、階段を降りてくる柚月を見る。
階段にはイチョウの葉が落ち、階段を所々黄色く色付けている。
最後の階段を降りた瞬間、柚月の母が柚月に駆け寄り、柚月を抱きしめる。
柚月母「柚月! もう、勝手にどっか行っちゃダメでしょう?」
柚月父「次からは行きたいところがあるなら、お父さんやお母さんに伝えてからにしなさい」
柚月の母の背後から柚月の父が顔を出し、柚月の頭を撫でる。
柚月(小)「ごめんな、さい」
柚月の謝罪はどこか心ここに在らずだ。
杏哉父「まぁとにかく、無事でよかった。柚月ちゃん、うちの神社はどうだった? 今の時期なら、神木のイチョウが綺麗な黄色に色付いている頃だろう」
にこやかに柚月へ疑問を投げかける、杏哉の父。
柚月(小)「……モミジがね、すっごくキレイだったの」
柚月父「紅葉?」
自然と溢れたような柚月の言葉に疑問符を浮かべる、柚月の両親と杏哉の父。
柚月を抱きしめていた柚月の母が離れると、柚月は瞳をキラキラと輝かせる。
柚月(小)「あのね! さっき、おともだちができたの! おねがい事、叶っちゃった!!」
楽し気に話をする柚月に、安心したように優しく話を聞く柚月の両親。
その背後に立つ杏哉の父は、顎に手を当て、眉間に皺を寄せる。
(回想終了)
○現在 夜凪高等学校 2-2教室(朝)
思い出に浸る柚月と、菓子をつまみながら漫画本をめくる、佳葡。
佳葡と柚月によって食べ進められた菓子が、底をつきようとしている。
柚月「――っていうのがヤコくんとの出会いかな。次の日からあの神社は願いが叶うんだ! って今日まで毎日通ってるんだよね。……今思えば、あのお願い事が叶ったのは、ヤコくんが気を利かせてくれたからなんだろうけど」
佳葡「ふーん」
柚月「……佳葡ちゃんから聞いたのに興味なさそうにしないでよ!」
佳葡「いや聞いてたよ。小学生の柚月ちゃんは可愛いなーって」
柚月「重要なのそこじゃないけどね……」
ため息を吐く、柚月。
佳葡「最初から不思議な子だね。幼馴染くん」
柚月「確かに。当時小学二年生だよ? あー、そういえば、小学校は別のところだったらしいから、結局一緒の学校通ったりはできなかったな」
菓子を食べ進め、窓の方をぼーっと見つめる、柚月。
柚月が菓子を手に取ろうとしたが、菓子の中身は既に空。
柚月「あ、ごめん。食べすぎちゃった――」
佳葡「柚月」
佳葡が柚月の言葉を遮るように柚月を呼ぶ。
佳葡の視線は鋭く、真剣に柚月の瞳を見つめる。
佳葡「別に幼馴染くんを疑ってるわけじゃない。けど、世の中には危険な男もいるってこと、頭に入れておいた方がいいよ。」
そう言って、佳葡は持っていた漫画本の見開きを柚月へ見せる。
漫画には、ヒーローが光が灯らない真っ黒な瞳でヒロインに迫り、「本当にただ仲のいい幼馴染だと思ってたの?」、「全部”嘘”だよ。」と裏切るシーンが描かれている。
言葉を失い、硬直する、柚月。
2話 終
カランカランと賽銭箱に五円玉が入る音が響く。
慣れた手付きで手を合わせる、柚月。
願い事が終わり、瞼を開けてふぅと息を吐く。
椛 「つーきっ」
声と同時に背後から柚月に抱きつく、椛。
柚月はパチクリと数回瞬きしたのち、頬を真っ赤に染めて離れようと抵抗を見せる。
柚月「や、ヤコくん、近いっ!」
しかし離す様子はない、椛。
椛 「今日は何、お願い事したの?」
柚月「お、教えないっ! 願い事って言ったら叶わなくなっちゃうんだよ?」
椛 「えー、……ならこのまま学校行かせない」
椛の腕の中でジタバタと脱出を試みる柚月。しかし椛は力を強め、離れる様子はない。
柚月M「な、なんで?! なんか、いつもより近くない?!」
なす術がない状況に困惑する、柚月。
椛の顎は柚月の肩に置かれ、頬を首筋に擦り寄る、椛。
椛 「言わないと月も僕も、学校サボる悪い子になっちゃうよ?」
ニコニコと意地の悪そうに笑う、椛。
椛 「”また意地張って、ほんと悪い子だ。”」
柚月「わ、わかった! 言う! 言うから――」
柚月が降参しようとした矢先、椛の背後から椛の頭を竹箒で軽く殴る、杏哉。
杏哉「流石にやりすぎです」
呆れたような顔で椛を見やる杏哉を見て、「はいはい」と軽く返事をして柚月から離れる、椛。
杏哉「柚月ちゃん、大丈夫ですか? 椛がすみません」
心配そうに柚月を見る、杏哉。
柚月「い、いえ……大丈夫、です……」
真っ赤な顔を横髪で隠す、柚月。
柚月がキリッと椛を睨むと、椛は柚月の視線に気づき、心底満足そうな笑みを浮かべる。
そんな椛を見て、ため息を吐く、杏哉。
杏哉「……そろそろ登校には良い時間ですよ」
柚月「そう、ですね……行ってきますっ」
視線を俯かせ、脇目も触れずに階段へ向かう、柚月。
椛 「待ってって、月。一緒に行こうよ」
柚月のもとへ駆け寄り、柚月の手を取って繋ぐ、椛。
柚月「…………」
一瞬足を止めるも、何も言わず、手を振り払うわけでもなく歩みを進める、柚月。
そのまま柚月が先導するかたちで階段を降りていく、二人。
そんな二人を見て、ため息をこぼしながら頭を抱える、杏哉。
○同 夜凪高等学校 2-2教室(朝)
共学の公立高校。校舎の2階の真ん中に位置する教室で、生徒は賑やかに過ごしている。
ガラガラと教室の後ろの扉を開け、後ろから二番目の席へ座る、柚月。
一言も言葉を発さず、カバンの中の教科書や筆記用具などを机に出していく、柚月。
そんな柚月の肩を後ろから細く綺麗な人差し指がつつく。
ゆっくりと後ろを振り向く、柚月。
柚月の後ろの席に座っている、猫崎 佳葡(17)。
佳葡「おはよ、柚月」
佳葡は読んでいた漫画本を閉じ、机に置く。
柚月「……佳葡ちゃん」
佳葡「朝からしょげてるけど、なんかあった?」
佳葡は柚月の口にお菓子を入れ、ぽんぽんと柚月の頭を撫でる。
口の中にあるお菓子を飲み込んだのち、口を開く、柚月。
柚月「佳葡ちゃん……あのね……幼馴染ってどうすれば普通の友達みたいになってくれるかな?!?!」
今にも泣きつきそうな勢いで佳葡に縋る、柚月。
そんな柚月に、察して「あー」と声を漏らす、佳葡。
佳葡「例の幼馴染くん? えっと確か……ヤコくん、だったっけ?」
柚月「そう!」
佳葡の手を掴み、力強く握る、柚月。
佳葡「あたし幼馴染とかいないから知らないんだけど、そんなに変なの?」
柚月「た、多分……私もヤコくんしか幼馴染って知らないし……」
自信が持てず、佳葡の手を握る力が弱まる。
佳葡「付き合い長いんだし、多少は普通の友達より距離が近いのはしょうがないと思うけど。それにその子、まだ中学生でしょ?」
柚月「で、でも、登校の時に手を繋いだりする?」
佳葡「まぁ、中学生ならまだ許容範囲じゃない?」
柚月「耳に囁いてきたりは?」
佳葡「……ん?」
柚月「後ろから抱きついてきたり、首筋とか手に擦り寄ってきたり……」
佳葡「いや、待って待って。それ全部されたの?」
柚月「後半は全部今日の朝の話だよ」
嘘偽りない純粋な目を向ける柚月に、頭を抱える、佳葡。
佳葡「……確かに、近いかも、ね」
柚月「でしょ?! 佳葡ちゃんならわかってくれると思ってたよー!」
共感された嬉しさから声のボリュームが自然と上がり、瞳を輝かせる、柚月。
抱きつく勢いで腕を広げる柚月の頬を、佳葡は手のひらで押し返す。
ハグを拒否されたことでおとなしく席に座る、柚月。
柚月「懐いてくれてるのは素直に嬉しいんだけどね。でも、ヤコくんも私ももう子供じゃないんだし、そろそろ距離感考えてもらわないと……」
眉間に皺を寄せ、頭を悩ませる、柚月。
そんな柚月を見つめ、佳葡は頬杖をついて片手で器用に菓子の箱を開ける。
佳葡「……たまに話聞いててずっと思ってたんだけど、そんな昔から仲良いの?」
開けた箱から菓子を取り出し、口に咥える、佳葡。
柚月は佳葡に向き直り、自身の顎に指を当てる。
柚月「初めて会ったのは、私が小学五年生の時だよ」
佳葡「へぇ、生まれてからずっととかじゃないんだ」
柚月「それは佳葡ちゃんの好きな少女漫画の話でしょー」
佳葡の開けた菓子を手に取り、口へ含む。
柚月「私、その頃宵ヶ丘町に引っ越してきたから。で、隣が神社だったから行ってみよーってなって、そこで出会ったのがヤコくん」
口の中に広がる甘さと共に、柚月は昔の思い出を思い返す。
○過去 宵ヶ丘町 星見稲荷神社 階段
真っ赤な紅葉がまるでレッドカーペットのように階段を埋め尽くしている。
手を胸元でギュッと握り、辺りをキョロキョロと見渡す、柚月。
当時の神主(杏哉の父(47))と柚月の両親(37)が話している中、柚月(小)(10)は導かれるように神社の階段を一人で不安そうな足取りで登っていく。
○過去 同 拝殿 境内
神社までの階段を登った先、真っ赤な紅葉が空を舞う中、拝殿の前に椛(小)(見た目7)の後ろ姿を見つける。
椛はまるで最初から柚月が来ることがわかっていたように、柚月の方を振り返ると、尊いものを見つけたように瞳を細めて微笑む。
椛(小) 「――――――。(やっと見つけた。)」
椛の口から言葉が発される瞬間、拝殿近くに聳え立つ神木がガサガサと音を立て、椛の声を掻き消す。
風の影響で一瞬目を瞑る、柚月。
風が止み、瞼を開けると、目の前に椛が柚月を覗き込むように立っているのが目に入る。
反射的に一歩後退る柚月の手を、椛は逃がさないとでも言うようにギュッと握りしめる。
椛(小) 「僕、ヤコ。野狐 椛。君は?」
柚月(小)「え……私、うさみ ゆづき……」
困惑しつつも、不思議な感覚がする椛から視線を離すことができず、自然と自己紹介が零れ落ちる。
椛(小) 「ゆづき、ね。……じゃあ月ちゃんって呼ぶね!」
柚月(小)「う、うん」
心底嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべる椛に、なぜ嬉しそうなのかと疑問に思う、柚月。
そんな疑問は束の間、どこからか鐘の音が微かに鳴り、柚月の視線が拝殿へ向く。
小さな神社。しかし柚月の中でどこか惹かれる魅力を感じ、視線が釘付けになる。
椛(小) 「神社、気になる?」
傍らから椛が疑問を投げかけると、柚月は視線を逸らさず「うん」と空返事を返す。
そんな柚月を見て、椛は笑みを深める。
椛(小) 「ここはね、昔、なんでもお願いを叶えてくれる狐の神様がいたんだよ」
柚月(小)「きつね?」
椛(小) 「うん。御狐様って呼ばれて、たくさんの人や生き物のお願いを叶えたんだ」
椛が自身のズボンとポケットから五円玉を一枚取り出し、柚月へ渡す。
椛(小) 「不安なことがあるなら、御狐様にお願いしてみて?」
不安そうに眉を下げる柚月の手を、椛は包み込むようにして握らせる。
柚月はゆっくり、慎重な足取りで紅葉によって赤く染まる石畳を歩き、拝殿の賽銭箱の前に立つ。
そのまま賽銭箱へと五円玉を投げ入れる。
カランカランと五円玉が箱に入る音がしたのち、手を合わせて瞳を閉じる。
柚月(小)M「……”おともだちが、できますように”」
秋の暖かな日差しが柚月を包む。
不安な気持ちが少し晴れ、顔色が多少良くなる、柚月。
ゆっくりと瞳を開くと、鮮やかな拝殿の朱色が瞳に映る。
それと同時に、改めて自身の不安と向き合った影響で柚月の表情が陰る。
柚月(小)「おねがい、かなうかなぁ……」
椛(小) 「何お願いしたの?」
背後から柚月の横顔を覗き込む、椛。
柚月(小)「わぁ?!」
急に声をかけられ、肩を跳ねさせる、柚月。
柚月(小)「え、えっと……な、ないしょ……」
椛(小) 「えー、どうして?」
柚月(小)「はずかしい、から」
椛(小) 「ふーん。まぁ、言いたくないならいっか」
軽い身のこなしで柚月から離れる、椛。
遠くから柚月の両親が柚月の名前を呼ぶのが聞こえる。
その声に気付き、階段の方へ歩を進める、柚月。
しかし後ろからの視線を感じて足を止め、振り返る。
赤い紅葉の葉が舞う中、賽銭箱の前で柚月を見つめる椛の姿が映る。
椛は視線に気づくと笑顔でひらひらと手を振る。
柚月は、胸元で不安気に握っていた手を更にギュッと握りしめ、椛へ向き直る。
柚月(小)「あ、あの!」
手を振るのをやめ、首を傾げる、椛。
意を決したように、唾液を飲み込む、柚月。
柚月(小)「ま、また、会える、かな?」
柚月(小)M「なんで、だろう。今、ヤコくんに会えなくなる、かもって……また会いたい……また会わなきゃって、思った」
椛は目を見開き、嬉しそうな、しかしどこか悲しそうにも見える笑顔を浮かべる。
椛の瞳に光はなく、真っ黒に染まっている。
椛(小) 「もちろん。だって、僕達もう”お友達”でしょう?」
柚月(小)M「おとも、だち」
椛は「またね」と言って、再度手を振る。
椛へ軽く手を振り返し、階段を降りていく、柚月。
椛(小) 「また、会うよ。僕達は結ばれてるから」
階段を降りていく柚月の背中を見つめ、椛は独り言をこぼす。
○過去 宵ヶ丘町 星見稲荷神社 階段前
挨拶を終えた柚月の両親と杏哉の父が、階段を降りてくる柚月を見る。
階段にはイチョウの葉が落ち、階段を所々黄色く色付けている。
最後の階段を降りた瞬間、柚月の母が柚月に駆け寄り、柚月を抱きしめる。
柚月母「柚月! もう、勝手にどっか行っちゃダメでしょう?」
柚月父「次からは行きたいところがあるなら、お父さんやお母さんに伝えてからにしなさい」
柚月の母の背後から柚月の父が顔を出し、柚月の頭を撫でる。
柚月(小)「ごめんな、さい」
柚月の謝罪はどこか心ここに在らずだ。
杏哉父「まぁとにかく、無事でよかった。柚月ちゃん、うちの神社はどうだった? 今の時期なら、神木のイチョウが綺麗な黄色に色付いている頃だろう」
にこやかに柚月へ疑問を投げかける、杏哉の父。
柚月(小)「……モミジがね、すっごくキレイだったの」
柚月父「紅葉?」
自然と溢れたような柚月の言葉に疑問符を浮かべる、柚月の両親と杏哉の父。
柚月を抱きしめていた柚月の母が離れると、柚月は瞳をキラキラと輝かせる。
柚月(小)「あのね! さっき、おともだちができたの! おねがい事、叶っちゃった!!」
楽し気に話をする柚月に、安心したように優しく話を聞く柚月の両親。
その背後に立つ杏哉の父は、顎に手を当て、眉間に皺を寄せる。
(回想終了)
○現在 夜凪高等学校 2-2教室(朝)
思い出に浸る柚月と、菓子をつまみながら漫画本をめくる、佳葡。
佳葡と柚月によって食べ進められた菓子が、底をつきようとしている。
柚月「――っていうのがヤコくんとの出会いかな。次の日からあの神社は願いが叶うんだ! って今日まで毎日通ってるんだよね。……今思えば、あのお願い事が叶ったのは、ヤコくんが気を利かせてくれたからなんだろうけど」
佳葡「ふーん」
柚月「……佳葡ちゃんから聞いたのに興味なさそうにしないでよ!」
佳葡「いや聞いてたよ。小学生の柚月ちゃんは可愛いなーって」
柚月「重要なのそこじゃないけどね……」
ため息を吐く、柚月。
佳葡「最初から不思議な子だね。幼馴染くん」
柚月「確かに。当時小学二年生だよ? あー、そういえば、小学校は別のところだったらしいから、結局一緒の学校通ったりはできなかったな」
菓子を食べ進め、窓の方をぼーっと見つめる、柚月。
柚月が菓子を手に取ろうとしたが、菓子の中身は既に空。
柚月「あ、ごめん。食べすぎちゃった――」
佳葡「柚月」
佳葡が柚月の言葉を遮るように柚月を呼ぶ。
佳葡の視線は鋭く、真剣に柚月の瞳を見つめる。
佳葡「別に幼馴染くんを疑ってるわけじゃない。けど、世の中には危険な男もいるってこと、頭に入れておいた方がいいよ。」
そう言って、佳葡は持っていた漫画本の見開きを柚月へ見せる。
漫画には、ヒーローが光が灯らない真っ黒な瞳でヒロインに迫り、「本当にただ仲のいい幼馴染だと思ってたの?」、「全部”嘘”だよ。」と裏切るシーンが描かれている。
言葉を失い、硬直する、柚月。
2話 終