来世も君と恋(コン)してる!
5話〈御狐様の夢〉
〇宵ヶ丘町 夜凪高等学校 一階 保健室前(夕)
保健室の扉を背に、追いやられる、柚月。
梓の手は扉につかれ、頭ひとつ分背が低い柚月のことを鋭い視線で睨む。
梓 「お前からは、あの忌々しい女狐と同じ匂いがする」
梓が吐き捨てるように言い放つ言葉は棘だらけで、柚月の背筋に寒気が走る。
柚月「……女狐って、なんのことですか?」
梓 「あくまでしらを切り通すか。つくづくずる賢い奴だな。……昔から何も変わっていない」
冷たい、軽蔑するような蘇芳色の視線を柚月に向ける、梓。
柚月「昔から? あの、さっきから言ってることがよくわからな――」
梓 「お前の、その無知で弱い存在を平然と装うところが、俺は昔から大っ嫌いだった!!」
怒鳴るように言い放つ、梓。
梓は扉についた手を強く握り、憤怒をもらす。
梓 「弱さを使って他者に付け込んで、騙して楽しいか? お前がいたから全てが消えた。幸せだった時間も、俺の居場所も、たくさんの願いも! ……アイツだって、お前と出会わなければ、きっと今でも……っ!!」
梓のギラついた蘇芳色の瞳に水膜が張る。
下唇を噛み、涙をこらえる、梓。
そんな梓の表情に、目を見開く、柚月。
俯く梓の目元に影ができる。
梓 「お前だけは、許さない」
右手で柚月の胸倉を強く掴み、強引に引き寄せる、梓。
二人の顔が近づく。
目の前の憎悪と悲哀が混じった表情をする梓に、表情を歪ませる、柚月。
梓 「アイツの願いは、俺が叶える。……お前への復讐をなっ!!」
感情をぶつけるように怒鳴る、梓。
反射的にぎゅっと瞳を閉じる、柚月。
瞬間、ガラリと背後にある保健室の扉が開かれる。
柚月の背後から腕が伸びる。
右手は胸倉を掴んでいる梓の手を掴み、左腕は柚月の肩を抱くように回される。
背中に温かさが伝わり、ゆっくりと瞼を開く、柚月。
真っ白な白衣を着た腕の中に抱かれ、瞳を見開く、柚月。
梓の鋭い瞳は驚きを見せ、柚月を抱く対象へと視線を移す。
真っ白な白衣を着て、眼鏡をかけた男性(椛(大)(見た目24))が、梓と見上げた柚月の視界に映る。
眼鏡の奥に映る、飴色の鋭い瞳に、梓は胸倉を掴んだ拳の力を緩める。
その隙を見て、椛(大)は梓の腕を振り払い、ニコリと笑みを向ける。
椛(大)「生徒に暴力はいけませんよ、梓先生」
人当たりのいい笑みを向ける、椛(大)。
硬直する、梓と柚月。
柚月の瞳が椛(大)を捕らえ、見入るようにじっと視線をそらさない。
梓 「……あなたは」
椛(大)「あぁ、……貴方と同じ実習生ですよ。保健室の担当で、留守番をしていたら外が騒がしかったので、出てみたら偶然って感じですね」
視線をそらさない柚月へ視線を向ける、椛(大)。
椛(大)は柚月へ微笑み返し、どこか名残惜しそうに腕を離す。
椛(大)「さ、生徒はもう下校の時間でしょう? 梓先生に関してはこちらで注意しておきますから、ご安心を」
ハッと我に帰り、椛(大)に対してお辞儀をする、柚月。
そのまま教室へと逃げるように駆ける、柚月。
梓 「あ! ま、待て!」
そんな柚月に対し手を伸ばすが、その手は椛(大)によって掴まれる。
椛(大)「貴方は私と少しお話でもしましょうか。」
有無を言わさぬ威圧のある声色と、見据える飴色の瞳に、梓はヒュッと喉を鳴らす。
〇同 一階 渡り廊下(夕)
廊下を逃げるように駆ける、柚月。
渡り廊下へ出ると、柚月は足を止めて背後を確認する。
梓の存在がいないことを確認すると、安堵の息をもらす。
瞬間、先程柚月を助けた男性(椛(大))の姿が脳裏を過ぎる。
柚月M「あの人……初めて会ったはずなのに、どこかで会った気が……」
考え込むように首を傾げる、柚月。
〇同 一階 保健室(夕)
先導して保健室へ入る、椛(大)。
後から入室し、扉を閉める、梓。
夕陽が差し込む室内、椛(大)の背中のみでどこか威圧感を感じ、緊張するように息をのむ、梓。
梓 「……それで、お話しとは?」
平然を装い、不機嫌そうに声をかける、梓。
そんな梓を横目で見据え、はぁぁと大きくため息を吐く、椛(大)。
梓へ近寄る、椛(大)。
一歩後退る梓へ向け手を掲げる、椛(大)。
反射的に瞳を瞑る梓に、椛(大)はデコピンを食らわす。
椛(大)「面倒なことをしてくれたね、お前」
人当たりの良い笑みは一変し、呆気にとられる、梓。
梓 「……へ?」
梓が声を漏らした瞬間、椛(大)が煙に包まれる。
煙が晴れると、元に戻った椛が大きな白衣に包まれて立っている。
椛 「あぁ、時間切れだ。やっぱり長くは変化できない、か。……月にバレる前でよかった」
呆気にとられ立ち尽くす、梓。
そんな梓をキリッと睨み、ため息を吐いてから隠していた狐の耳と尻尾を現す、椛。
椛 「僕のことを忘れたとは言わせないし、今回のこと、きっちりと説明してもらうよ、梓」
梓へ鋭い視線を向ける、椛。
その場へ尻もちをついて座り込む、梓。
梓 「……きつ、ね?」
椛 「やっと気づいたのか。ったく、お前のせいで貴重な変化を使う羽目になるとはね」
不機嫌そうに尻尾を逆立たせる、椛。
梓 「だ、だって、お前死んで……っ」
椛 「勝手に殺すな。思い込みが激しいんだから、断定するのはもっと考えてからにしろと散々言ったのに、何も改善してないね」
腕を組み、説教じみた小言をグチグチと言う、椛。
そんな椛を見て、梓の中で過去の姿が重なる。
〇(過去回想) 宵ヶ丘町 星見稲荷神社 本殿
1500年ほど前。
紅葉が舞う本殿の前。(※拝殿とは別の建物)
正座をした、梓(小)(見た目16)の前に狐の耳と尻尾を生やした男(御狐様(見た目25))が腕を組んで梓(小)へ小言を話す。
御狐「お前は思い込みが激しすぎると何度言ったら……もっと冷静に考えてから行動しなさい!」
ふてくされながらも、羨望を秘めた視線で御狐様を見る、梓(小)。
密かに嬉しそうに微笑む、梓(小)。
(回想終了)
〇(現在)同 夜凪高等学校 一階 保健室(夕)
未だ腕を組んで文句を言い続ける、椛。
梓の視界が涙で霞む。
瞬間、梓が煙に巻かれ、一匹の狸の姿へと変化し、涙を滝のように流す。
梓(狸)の傍らに一枚の葉が落ちる。
椛 「わ?! な、なんだお前」
梓(狸)「だ、だって、きつね、お前っ、……気配も感じないし、いつもの場所にはいないし……っ……し、死んだと、おもっ……!」
狸の姿で涙を流す、梓(狸)。
短い手で目をこする、梓(狸)。
椛 「あぁ……まぁ、その辺は後で話すから。とりあえず泣き止め。流石にそんな煩い声出してたらバレるから」
梓(狸)の口を掌で塞ぐ、椛。
しかし未だに梓(狸)は泣き止まない。
瞬間、保健室の扉からコンコンとノックの音がする。
教師「誰かいるのか?」
柚月のクラス担任の声が聞こえ、扉が開かれる。
〇宵ヶ丘町 夜凪高等学校 廊下(朝)
くわっと大きく欠伸をする、柚月。
疲れ切った瞳で廊下を歩く、柚月。
梓 「おい、うさぎ。寝ぼけてないでさっさと道案内しろ!」
柚月の傍らを上から目線で歩く、梓。
柚月M「この人、なんで何事もないように接してるんだろ……」
〇(過去回想) 同 星見稲荷神社 拝殿 境内(朝)
数時間前。
昨日のことを考え、頭を抱える、柚月。
顔色が悪く、はぁとため息を吐く。
柚月M「昨日のことが不安で、今日も眠れなかった……さすがに三日間不眠はきついな」
意識を半分ほど眠気に引っ張られながら、お祈りをする。
梓 「――なに願ってんだ?」
背後から梓が柚月に話しかける。
柚月「もう、ヤコくん。流石に驚かないよ――って、わぁ?!?!」
柚月は余裕の表情を見せ、振り返るが、梓の姿を見て勢いよく後退る。
椛 「おっと、残念。僕はこっち」
後退る柚月の背を受け止める、椛。
隣にはいつもに増して深いため息を吐く、杏哉。
ニコリと柚月に笑いかけたのち、梓へ鋭い視線を向ける、椛。
梓 「お前! きつねにべたべた触るな!」
椛 「梓、少し静かにしてくれない?」
梓 「お、俺に指図するなっ!」
ガミガミと文句をたれる梓を無視して、椛は柚月から離れ、向き直る。
柚月「な、なんで梓先生がここに?」
警戒心を抱く、柚月。
椛 「うんと、実は梓と杏哉が古い友人なんだよ。僕はそのつながりで知り合いなだけ」
梓 「はぁ?! 俺はこんな人間と友達になったつもりは――んぐっ! んー!!」
梓の口を押える、椛。
反抗する梓をよそ眼に、にこやかに微笑む、椛。
椛 「ちょっと……いや、かなり梓は素直じゃないんだ。ね? 杏哉」
目線で同調を訴える、椛。
杏哉「……えぇ、そうですね。大変困ったご友人です」
死んだ瞳で棒読みに同調する、杏哉。
どこか余所行きな杏哉に、首を傾げる、柚月。
杏哉「……昨日、柚月ちゃんに彼が無礼を働いたそうで、その辺の話はしっかりとしたのでご安心を。昨日のうちに報告できず、すみません」
人当たりの良い笑みを柚月に向ける、杏哉。
奥で言い争いをする椛と梓を気にしながら、柚月は杏哉へ笑い返す。
柚月「い、いえ……大丈夫ならいいんです」
絶えず言い争いが行われる二人をチラチラと見る、柚月。
柚月「あの、二人は仲が悪いんですか? あんなヤコくん初めて見た……」
杏哉「ふふ、どちらかと言えば逆ですよ。ただ椛に関しては、昨日大変不快な思いをしたみたいで、今も不貞腐れているんです」
杏哉は、昨日梓と椛から聞いた話を思い出す。
保健室の扉が開く直前で、梓は元々変化に使っていた葉と握っていた紅葉の葉を使い、梓は人間の姿に、椛を狐の姿へと変化させる。
学校に狐が入ってきてしまったため、騒がしくしてしまったことを謝罪し、山へ返すためそのまま退勤。
その足、そのままの姿で杏哉の元へ梓は椛を運んできたという話を聞いた、杏哉。
大変満足そうな梓に対し、梓に抱かれたまま「解せない」と不満げな狐姿の椛を思い出し、密かに吹き出して笑う、杏哉。
椛 「杏哉! 笑うな!」
杏哉の笑いを聞き、不機嫌そうに怒る、椛。
すみません、と謝り微笑ましそうに微笑む、杏哉。
状況を理解できず、頭上にはてなを浮かべて首を傾げる、柚月。
(回想終了)
〇(現在)同 夜凪高等学校 廊下(朝)
横でガミガミと文句を言う梓を放って、ため息を吐く、柚月。
柚月M「まぁヤコくんと杏哉さんが言うにはもう危害は加えてこないらしいけど……」
梓をちらりと見る、柚月。
他のクラスの女子生徒が梓を呼ぶ。
梓は優しい笑みを女子生徒へ向け、手を振る。
女子生徒からの黄色い歓声を浴びながら、柚月の視線に気づいて視線を向ける、梓。
梓の浮かべていた笑顔は一瞬にして消え、不機嫌そうな表情で柚月を睨む。
梓 「なんだ、うさぎ。言いたいことがあるならハッキリ言え!」
柚月「いや、なんで私の前では猫を被らないのか、とか。なんでそんな上から目線なのかとか、聞きたいことはたくさんあるんですが……」
梓 「ふん。お前の前で印象を良くする必要はないからな。それに、実際うさぎは俺より下なんだから問題ないだろ」
ふふんと自信ありげにどや顔を見せる、梓。
柚月「……私のこと、嫌いなんですよね?」
梓 「あぁ」
即答で答える、梓。
柚月「なら、わざわざ私を呼びつける理由はないのでは?」
梓 「お前がいないと教室の場所がわからない。先生たちに迷惑をかけるわけにはいかないだろ」
さも当たり前のように回答する、梓。
柚月は頭を抱える。
柚月「重度の方向音痴は本当なのか……」
梓 「なんだと! うさぎの癖に生意気だぞ!」
柚月「というか、その〈うさぎ〉ってなんですか?」
梓 「は? うさぎをうさぎと呼んで何が悪いんだ」
柚月M「理由になってないよ……。まぁ、兎見だから〈うさぎ〉なのかな。野狐くんのことも〈きつね〉って呼んでたし」
何も返事をしなくなった柚月に、文句や小言を話し続ける、梓。
柚月の脳内がくらりと揺れる。
梓の声が脳を刺激し、頭痛に襲われる。
その場で足を止める、柚月。
柚月に対し声をかける、梓。しかし柚月には遠く籠った声に聞こえ、上手く聞き取れない。
柚月M「あ、やば……」
視界が歪み、その場で倒れる、柚月。
〇夢の中(前世) 宵ヶ丘町 星見稲荷神社 本殿(夜)
(※柚月の一人称視点)
柚月の夢の中。
紅葉が舞う夜の本殿。月光が辺りを包み、夜空にはプラネタリウムのように満点の星空が映る。
その中で何回か流星が流れる。
朧げに意識が浮上する、柚月。
地面に寝転んでいるかのようにやけに低い視界で辺りを見る、柚月。(※兎の目線になっている)
見覚えのない場所。しかし目の前に舞い落ちた紅葉から、椛と始めて出会った日の記憶を思い出す。
そんな柚月(兎)の頭を、大きく細い手が撫でる。
宝物を扱うように優しい手。伸びる手の元へ視線を移すと、長い髪を靡かせ、頭に狐の耳と尻尾を生やした男(御狐様)が写る。
御狐様は不思議そうに自分を見る柚月(兎)の視線に気づき、そっと微笑む。
目元は長い髪で影になりよく見えないが、神秘的な雰囲気に視線が奪われる。
御狐「あぁ、起きてしまったんだね。でも、君の綺麗な瞳が見られて、僕は嬉しいな」
月光が二匹へスポットライトを当てるように輝く。
柚月(兎)M「あなたは、誰?」
声に出したはずの声は発されることはない。
御狐様は柚月(兎)の喉元を撫で、心底愛おしそうに微笑む。
御狐「――ツキ。僕の愛しい子。……僕の、運命」
溶けそうなほど甘い声と、一瞬だけ映った飴色の瞳に、心臓がとくんと高鳴る。
瞬間、視界が霞む。
柚月M「待って……――待ってっ!」
暗転する視界に抗うことはできず、意識を飛ばす、柚月。
〇(現在)同 夜凪高等学校 保健室(夕)
ベッドの上で眠っていた柚月が目を覚ます。
ゆっくりと開かれた視界に映るのは、夕陽で橙色に色づいた真っ白な天井。
柚月「が、っこう?」
呟かれた声はしっかりと発される。
ベッドのカーテンが開き、保健室の先生(女)が入ってくる。
先生「あぁ、良かった。兎見さん、体調はどう?」
ベッドの横にあるパイプ椅子へ腰かけ、顔色を観察する、先生。
先生「兎見さん、朝廊下で倒れたのよ。梓先生が近くにいて運んでくれたからよかったわ。あとでお礼言ってあげてね」
柚月「梓先生が……?」
瞬間、昨日柚月を助けた保健室の先生(椛(大))の姿を思い出す。
椛(大)と夢で見た男(御狐様)の瞳が重なる。
柚月「先生、保健室の実習生って……」
先生「え? 保健室に実習生なんて来てないわよ。今の時期の教育実習生は梓先生だけ」
不思議そうに回答する、先生。
ぼーっと天井を見つめる、柚月。
先生「長い間眠っていたから寝ぼけてるのね。帰るのは意識覚醒させてからでいいから。私は担任の先生に報告してくるわね」
そう言って保健室の先生は部屋を出る。
独りきりの静かな部屋で、見ていた夢がフラッシュバックする。
御狐様が自分へ笑いかける姿が鮮明に脳内を過ぎる。
瞬間、柚月の心臓がどくどくとうるさく高鳴り、顔に熱が集まる。
勢いよく布団の中に包まり、胸を抑える、柚月。
柚月M「え、なに、これ……収まらない、心臓が苦しいくらい鼓動してる……!?」
柚月は自分の頬に手を当て、熱を持つ頬を冷やそうと試みるが、熱は増すのみ。
柚月M「こんなの、知らないはずなのに、でも私、これ知ってる。……これ、これって……」
柚月「――こ、い?」
声に出した瞬間、より柚月の鼓動が増す。
瞬間、勢いよく保健室の扉が開き、カーテンが開かれる。
梓 「うさぎ! やっと起きたな! ……って、なんだ? イモムシの真似か?」
梓の声がするも、柚月に反応はない。
梓が首を傾げると、柚月は足をバタバタと暴れさせる。
急な行動に、梓は驚いて肩を跳ねさせる。
梓 「うお?! なんだ、さ、魚の真似だったのか?」
梓の声は柚月には届かず、布団の中で柚月は軽く結った横髪を口元へ持ってきて顔を隠す。
柚月M「――夢の中の人に、恋しちゃうなんて……!」
真っ赤な顔は収まることなく、柚月を襲う。
5話 終
保健室の扉を背に、追いやられる、柚月。
梓の手は扉につかれ、頭ひとつ分背が低い柚月のことを鋭い視線で睨む。
梓 「お前からは、あの忌々しい女狐と同じ匂いがする」
梓が吐き捨てるように言い放つ言葉は棘だらけで、柚月の背筋に寒気が走る。
柚月「……女狐って、なんのことですか?」
梓 「あくまでしらを切り通すか。つくづくずる賢い奴だな。……昔から何も変わっていない」
冷たい、軽蔑するような蘇芳色の視線を柚月に向ける、梓。
柚月「昔から? あの、さっきから言ってることがよくわからな――」
梓 「お前の、その無知で弱い存在を平然と装うところが、俺は昔から大っ嫌いだった!!」
怒鳴るように言い放つ、梓。
梓は扉についた手を強く握り、憤怒をもらす。
梓 「弱さを使って他者に付け込んで、騙して楽しいか? お前がいたから全てが消えた。幸せだった時間も、俺の居場所も、たくさんの願いも! ……アイツだって、お前と出会わなければ、きっと今でも……っ!!」
梓のギラついた蘇芳色の瞳に水膜が張る。
下唇を噛み、涙をこらえる、梓。
そんな梓の表情に、目を見開く、柚月。
俯く梓の目元に影ができる。
梓 「お前だけは、許さない」
右手で柚月の胸倉を強く掴み、強引に引き寄せる、梓。
二人の顔が近づく。
目の前の憎悪と悲哀が混じった表情をする梓に、表情を歪ませる、柚月。
梓 「アイツの願いは、俺が叶える。……お前への復讐をなっ!!」
感情をぶつけるように怒鳴る、梓。
反射的にぎゅっと瞳を閉じる、柚月。
瞬間、ガラリと背後にある保健室の扉が開かれる。
柚月の背後から腕が伸びる。
右手は胸倉を掴んでいる梓の手を掴み、左腕は柚月の肩を抱くように回される。
背中に温かさが伝わり、ゆっくりと瞼を開く、柚月。
真っ白な白衣を着た腕の中に抱かれ、瞳を見開く、柚月。
梓の鋭い瞳は驚きを見せ、柚月を抱く対象へと視線を移す。
真っ白な白衣を着て、眼鏡をかけた男性(椛(大)(見た目24))が、梓と見上げた柚月の視界に映る。
眼鏡の奥に映る、飴色の鋭い瞳に、梓は胸倉を掴んだ拳の力を緩める。
その隙を見て、椛(大)は梓の腕を振り払い、ニコリと笑みを向ける。
椛(大)「生徒に暴力はいけませんよ、梓先生」
人当たりのいい笑みを向ける、椛(大)。
硬直する、梓と柚月。
柚月の瞳が椛(大)を捕らえ、見入るようにじっと視線をそらさない。
梓 「……あなたは」
椛(大)「あぁ、……貴方と同じ実習生ですよ。保健室の担当で、留守番をしていたら外が騒がしかったので、出てみたら偶然って感じですね」
視線をそらさない柚月へ視線を向ける、椛(大)。
椛(大)は柚月へ微笑み返し、どこか名残惜しそうに腕を離す。
椛(大)「さ、生徒はもう下校の時間でしょう? 梓先生に関してはこちらで注意しておきますから、ご安心を」
ハッと我に帰り、椛(大)に対してお辞儀をする、柚月。
そのまま教室へと逃げるように駆ける、柚月。
梓 「あ! ま、待て!」
そんな柚月に対し手を伸ばすが、その手は椛(大)によって掴まれる。
椛(大)「貴方は私と少しお話でもしましょうか。」
有無を言わさぬ威圧のある声色と、見据える飴色の瞳に、梓はヒュッと喉を鳴らす。
〇同 一階 渡り廊下(夕)
廊下を逃げるように駆ける、柚月。
渡り廊下へ出ると、柚月は足を止めて背後を確認する。
梓の存在がいないことを確認すると、安堵の息をもらす。
瞬間、先程柚月を助けた男性(椛(大))の姿が脳裏を過ぎる。
柚月M「あの人……初めて会ったはずなのに、どこかで会った気が……」
考え込むように首を傾げる、柚月。
〇同 一階 保健室(夕)
先導して保健室へ入る、椛(大)。
後から入室し、扉を閉める、梓。
夕陽が差し込む室内、椛(大)の背中のみでどこか威圧感を感じ、緊張するように息をのむ、梓。
梓 「……それで、お話しとは?」
平然を装い、不機嫌そうに声をかける、梓。
そんな梓を横目で見据え、はぁぁと大きくため息を吐く、椛(大)。
梓へ近寄る、椛(大)。
一歩後退る梓へ向け手を掲げる、椛(大)。
反射的に瞳を瞑る梓に、椛(大)はデコピンを食らわす。
椛(大)「面倒なことをしてくれたね、お前」
人当たりの良い笑みは一変し、呆気にとられる、梓。
梓 「……へ?」
梓が声を漏らした瞬間、椛(大)が煙に包まれる。
煙が晴れると、元に戻った椛が大きな白衣に包まれて立っている。
椛 「あぁ、時間切れだ。やっぱり長くは変化できない、か。……月にバレる前でよかった」
呆気にとられ立ち尽くす、梓。
そんな梓をキリッと睨み、ため息を吐いてから隠していた狐の耳と尻尾を現す、椛。
椛 「僕のことを忘れたとは言わせないし、今回のこと、きっちりと説明してもらうよ、梓」
梓へ鋭い視線を向ける、椛。
その場へ尻もちをついて座り込む、梓。
梓 「……きつ、ね?」
椛 「やっと気づいたのか。ったく、お前のせいで貴重な変化を使う羽目になるとはね」
不機嫌そうに尻尾を逆立たせる、椛。
梓 「だ、だって、お前死んで……っ」
椛 「勝手に殺すな。思い込みが激しいんだから、断定するのはもっと考えてからにしろと散々言ったのに、何も改善してないね」
腕を組み、説教じみた小言をグチグチと言う、椛。
そんな椛を見て、梓の中で過去の姿が重なる。
〇(過去回想) 宵ヶ丘町 星見稲荷神社 本殿
1500年ほど前。
紅葉が舞う本殿の前。(※拝殿とは別の建物)
正座をした、梓(小)(見た目16)の前に狐の耳と尻尾を生やした男(御狐様(見た目25))が腕を組んで梓(小)へ小言を話す。
御狐「お前は思い込みが激しすぎると何度言ったら……もっと冷静に考えてから行動しなさい!」
ふてくされながらも、羨望を秘めた視線で御狐様を見る、梓(小)。
密かに嬉しそうに微笑む、梓(小)。
(回想終了)
〇(現在)同 夜凪高等学校 一階 保健室(夕)
未だ腕を組んで文句を言い続ける、椛。
梓の視界が涙で霞む。
瞬間、梓が煙に巻かれ、一匹の狸の姿へと変化し、涙を滝のように流す。
梓(狸)の傍らに一枚の葉が落ちる。
椛 「わ?! な、なんだお前」
梓(狸)「だ、だって、きつね、お前っ、……気配も感じないし、いつもの場所にはいないし……っ……し、死んだと、おもっ……!」
狸の姿で涙を流す、梓(狸)。
短い手で目をこする、梓(狸)。
椛 「あぁ……まぁ、その辺は後で話すから。とりあえず泣き止め。流石にそんな煩い声出してたらバレるから」
梓(狸)の口を掌で塞ぐ、椛。
しかし未だに梓(狸)は泣き止まない。
瞬間、保健室の扉からコンコンとノックの音がする。
教師「誰かいるのか?」
柚月のクラス担任の声が聞こえ、扉が開かれる。
〇宵ヶ丘町 夜凪高等学校 廊下(朝)
くわっと大きく欠伸をする、柚月。
疲れ切った瞳で廊下を歩く、柚月。
梓 「おい、うさぎ。寝ぼけてないでさっさと道案内しろ!」
柚月の傍らを上から目線で歩く、梓。
柚月M「この人、なんで何事もないように接してるんだろ……」
〇(過去回想) 同 星見稲荷神社 拝殿 境内(朝)
数時間前。
昨日のことを考え、頭を抱える、柚月。
顔色が悪く、はぁとため息を吐く。
柚月M「昨日のことが不安で、今日も眠れなかった……さすがに三日間不眠はきついな」
意識を半分ほど眠気に引っ張られながら、お祈りをする。
梓 「――なに願ってんだ?」
背後から梓が柚月に話しかける。
柚月「もう、ヤコくん。流石に驚かないよ――って、わぁ?!?!」
柚月は余裕の表情を見せ、振り返るが、梓の姿を見て勢いよく後退る。
椛 「おっと、残念。僕はこっち」
後退る柚月の背を受け止める、椛。
隣にはいつもに増して深いため息を吐く、杏哉。
ニコリと柚月に笑いかけたのち、梓へ鋭い視線を向ける、椛。
梓 「お前! きつねにべたべた触るな!」
椛 「梓、少し静かにしてくれない?」
梓 「お、俺に指図するなっ!」
ガミガミと文句をたれる梓を無視して、椛は柚月から離れ、向き直る。
柚月「な、なんで梓先生がここに?」
警戒心を抱く、柚月。
椛 「うんと、実は梓と杏哉が古い友人なんだよ。僕はそのつながりで知り合いなだけ」
梓 「はぁ?! 俺はこんな人間と友達になったつもりは――んぐっ! んー!!」
梓の口を押える、椛。
反抗する梓をよそ眼に、にこやかに微笑む、椛。
椛 「ちょっと……いや、かなり梓は素直じゃないんだ。ね? 杏哉」
目線で同調を訴える、椛。
杏哉「……えぇ、そうですね。大変困ったご友人です」
死んだ瞳で棒読みに同調する、杏哉。
どこか余所行きな杏哉に、首を傾げる、柚月。
杏哉「……昨日、柚月ちゃんに彼が無礼を働いたそうで、その辺の話はしっかりとしたのでご安心を。昨日のうちに報告できず、すみません」
人当たりの良い笑みを柚月に向ける、杏哉。
奥で言い争いをする椛と梓を気にしながら、柚月は杏哉へ笑い返す。
柚月「い、いえ……大丈夫ならいいんです」
絶えず言い争いが行われる二人をチラチラと見る、柚月。
柚月「あの、二人は仲が悪いんですか? あんなヤコくん初めて見た……」
杏哉「ふふ、どちらかと言えば逆ですよ。ただ椛に関しては、昨日大変不快な思いをしたみたいで、今も不貞腐れているんです」
杏哉は、昨日梓と椛から聞いた話を思い出す。
保健室の扉が開く直前で、梓は元々変化に使っていた葉と握っていた紅葉の葉を使い、梓は人間の姿に、椛を狐の姿へと変化させる。
学校に狐が入ってきてしまったため、騒がしくしてしまったことを謝罪し、山へ返すためそのまま退勤。
その足、そのままの姿で杏哉の元へ梓は椛を運んできたという話を聞いた、杏哉。
大変満足そうな梓に対し、梓に抱かれたまま「解せない」と不満げな狐姿の椛を思い出し、密かに吹き出して笑う、杏哉。
椛 「杏哉! 笑うな!」
杏哉の笑いを聞き、不機嫌そうに怒る、椛。
すみません、と謝り微笑ましそうに微笑む、杏哉。
状況を理解できず、頭上にはてなを浮かべて首を傾げる、柚月。
(回想終了)
〇(現在)同 夜凪高等学校 廊下(朝)
横でガミガミと文句を言う梓を放って、ため息を吐く、柚月。
柚月M「まぁヤコくんと杏哉さんが言うにはもう危害は加えてこないらしいけど……」
梓をちらりと見る、柚月。
他のクラスの女子生徒が梓を呼ぶ。
梓は優しい笑みを女子生徒へ向け、手を振る。
女子生徒からの黄色い歓声を浴びながら、柚月の視線に気づいて視線を向ける、梓。
梓の浮かべていた笑顔は一瞬にして消え、不機嫌そうな表情で柚月を睨む。
梓 「なんだ、うさぎ。言いたいことがあるならハッキリ言え!」
柚月「いや、なんで私の前では猫を被らないのか、とか。なんでそんな上から目線なのかとか、聞きたいことはたくさんあるんですが……」
梓 「ふん。お前の前で印象を良くする必要はないからな。それに、実際うさぎは俺より下なんだから問題ないだろ」
ふふんと自信ありげにどや顔を見せる、梓。
柚月「……私のこと、嫌いなんですよね?」
梓 「あぁ」
即答で答える、梓。
柚月「なら、わざわざ私を呼びつける理由はないのでは?」
梓 「お前がいないと教室の場所がわからない。先生たちに迷惑をかけるわけにはいかないだろ」
さも当たり前のように回答する、梓。
柚月は頭を抱える。
柚月「重度の方向音痴は本当なのか……」
梓 「なんだと! うさぎの癖に生意気だぞ!」
柚月「というか、その〈うさぎ〉ってなんですか?」
梓 「は? うさぎをうさぎと呼んで何が悪いんだ」
柚月M「理由になってないよ……。まぁ、兎見だから〈うさぎ〉なのかな。野狐くんのことも〈きつね〉って呼んでたし」
何も返事をしなくなった柚月に、文句や小言を話し続ける、梓。
柚月の脳内がくらりと揺れる。
梓の声が脳を刺激し、頭痛に襲われる。
その場で足を止める、柚月。
柚月に対し声をかける、梓。しかし柚月には遠く籠った声に聞こえ、上手く聞き取れない。
柚月M「あ、やば……」
視界が歪み、その場で倒れる、柚月。
〇夢の中(前世) 宵ヶ丘町 星見稲荷神社 本殿(夜)
(※柚月の一人称視点)
柚月の夢の中。
紅葉が舞う夜の本殿。月光が辺りを包み、夜空にはプラネタリウムのように満点の星空が映る。
その中で何回か流星が流れる。
朧げに意識が浮上する、柚月。
地面に寝転んでいるかのようにやけに低い視界で辺りを見る、柚月。(※兎の目線になっている)
見覚えのない場所。しかし目の前に舞い落ちた紅葉から、椛と始めて出会った日の記憶を思い出す。
そんな柚月(兎)の頭を、大きく細い手が撫でる。
宝物を扱うように優しい手。伸びる手の元へ視線を移すと、長い髪を靡かせ、頭に狐の耳と尻尾を生やした男(御狐様)が写る。
御狐様は不思議そうに自分を見る柚月(兎)の視線に気づき、そっと微笑む。
目元は長い髪で影になりよく見えないが、神秘的な雰囲気に視線が奪われる。
御狐「あぁ、起きてしまったんだね。でも、君の綺麗な瞳が見られて、僕は嬉しいな」
月光が二匹へスポットライトを当てるように輝く。
柚月(兎)M「あなたは、誰?」
声に出したはずの声は発されることはない。
御狐様は柚月(兎)の喉元を撫で、心底愛おしそうに微笑む。
御狐「――ツキ。僕の愛しい子。……僕の、運命」
溶けそうなほど甘い声と、一瞬だけ映った飴色の瞳に、心臓がとくんと高鳴る。
瞬間、視界が霞む。
柚月M「待って……――待ってっ!」
暗転する視界に抗うことはできず、意識を飛ばす、柚月。
〇(現在)同 夜凪高等学校 保健室(夕)
ベッドの上で眠っていた柚月が目を覚ます。
ゆっくりと開かれた視界に映るのは、夕陽で橙色に色づいた真っ白な天井。
柚月「が、っこう?」
呟かれた声はしっかりと発される。
ベッドのカーテンが開き、保健室の先生(女)が入ってくる。
先生「あぁ、良かった。兎見さん、体調はどう?」
ベッドの横にあるパイプ椅子へ腰かけ、顔色を観察する、先生。
先生「兎見さん、朝廊下で倒れたのよ。梓先生が近くにいて運んでくれたからよかったわ。あとでお礼言ってあげてね」
柚月「梓先生が……?」
瞬間、昨日柚月を助けた保健室の先生(椛(大))の姿を思い出す。
椛(大)と夢で見た男(御狐様)の瞳が重なる。
柚月「先生、保健室の実習生って……」
先生「え? 保健室に実習生なんて来てないわよ。今の時期の教育実習生は梓先生だけ」
不思議そうに回答する、先生。
ぼーっと天井を見つめる、柚月。
先生「長い間眠っていたから寝ぼけてるのね。帰るのは意識覚醒させてからでいいから。私は担任の先生に報告してくるわね」
そう言って保健室の先生は部屋を出る。
独りきりの静かな部屋で、見ていた夢がフラッシュバックする。
御狐様が自分へ笑いかける姿が鮮明に脳内を過ぎる。
瞬間、柚月の心臓がどくどくとうるさく高鳴り、顔に熱が集まる。
勢いよく布団の中に包まり、胸を抑える、柚月。
柚月M「え、なに、これ……収まらない、心臓が苦しいくらい鼓動してる……!?」
柚月は自分の頬に手を当て、熱を持つ頬を冷やそうと試みるが、熱は増すのみ。
柚月M「こんなの、知らないはずなのに、でも私、これ知ってる。……これ、これって……」
柚月「――こ、い?」
声に出した瞬間、より柚月の鼓動が増す。
瞬間、勢いよく保健室の扉が開き、カーテンが開かれる。
梓 「うさぎ! やっと起きたな! ……って、なんだ? イモムシの真似か?」
梓の声がするも、柚月に反応はない。
梓が首を傾げると、柚月は足をバタバタと暴れさせる。
急な行動に、梓は驚いて肩を跳ねさせる。
梓 「うお?! なんだ、さ、魚の真似だったのか?」
梓の声は柚月には届かず、布団の中で柚月は軽く結った横髪を口元へ持ってきて顔を隠す。
柚月M「――夢の中の人に、恋しちゃうなんて……!」
真っ赤な顔は収まることなく、柚月を襲う。
5話 終