来世も君と恋(コン)してる!

4話〈教育実習生・梓、現る〉

〇宵ヶ丘町 夜凪高等学校 2-2教室(朝)
 席へ座り、ため息を吐く、柚月。
柚月M「よく眠れなかった……」
 昨日の夜(三話)を思い出し、頭を抱える、柚月。
柚月M「でも、朝はいつも通りだったんだよね」
 朝のことを思い出す、柚月。

〇(回想) 同 星見稲荷神社 拝殿 境内(朝)
 雲が多い青空。
 慣れた手つきでお賽銭へ手を合わせる、柚月。
柚月M「昨日のこともあったし……ヤコくんとギクシャクしませんように……っと」
椛 「月、おはよう!」
 横から笑顔で声をかける、椛。
 ぎくりと体を硬直させ、ロボットのように椛の方を向く、柚月。
柚月「お、はよう……ヤコくん」
椛 「今日のお願いも叶うといいね!」
柚月「う、うん」
 階段の方へ歩む、椛。
 足を止めたままの柚月へ向き直り「行こう」声をかける、椛。
 ハッと我にかえり、椛の元へ駆け寄る、柚月。
柚月M「お願い、叶ってる……?」
 歩みを進める、二人。
 (回想終了)

〇同 夜凪高等学校 2-2教室(朝)
 机に肘を置き、今朝のことを思い出す、柚月。
柚月M「結局あの後も変わった様子はなかったし……でも昨日幼馴染をやめるって……もしかして昨日は私が弱音吐いたから気遣ってくれたのかな?」
 だとしたら少し不器用だ、と思いクスリと笑みをこぼす、柚月。
 教室の扉が開き、佳葡が登校するから。
 佳葡は一人で笑みをこぼす柚月に気づくと、一直線で柚月の前へ立つ。
 視界が陰ったことで佳葡の存在に気づく、柚月。
柚月「あ、佳葡ちゃん! おはよ――、むぐっ」
 柚月の口へキャラメルを突っ込む、佳葡。
 驚きながらも口に入れられたものを食す、柚月。
柚月「キャラメル……? なんで?」
 状況が理解できず、ポカンとしながらもぐもぐと口を動かす、柚月。
佳葡「昨日は、ごめん……。不安にさせたよね。本当に幼馴染くんを疑ってるわけでも、柚月を不安にさせたかったわけでもないんだ」
 あからさまにしゅんとした表情を見せる、佳葡、
 見えないはずの猫耳がへにゃりと垂れ下がる。
 口の中のキャラメルを飲み込み、カバンを漁る、柚月。
 カバンから箱の菓子を取り出し、袋を割いて取り出した菓子を俯く佳葡の口へと突っ込む。
佳葡「んぐっ」
柚月「昨日食べすぎちゃったから、おかえし。なんか慰めになっちゃったけどね」
 驚いた様子でもぐもぐと菓子を食べる、佳葡。
佳葡「ありがと……。実は昨日、幼馴染くんのこと神主さんから聞いたんだ」
柚月「え、杏哉さんに?」
 驚いた様子で佳葡を見る、柚月。
 佳葡は柚月の後ろの席へと座る。
佳葡「うん。すごく良い人だね。幼馴染くんのことも話したら笑って、確かにって」
 クスリと笑う佳葡。
 柚月は困ったように眉を下げて笑い返す。
柚月「本当にヤコくんはそんな子じゃないよ?」
佳葡「それはもうわかってる。」
 はっきりと言い切る、佳葡。
 うっすらと瞳を開き、昨日の夜のことを思い出す。
 逃げ出して階段を駆け下りる柚月の後を、必死な表情で追いかける椛の姿が佳葡の脳裏に映る。
佳葡M「あんな顔できる子が、柚月のこと悲しませるわけない」
 何も言わなくなった佳葡を不思議そうに見る、柚月。
 柚月の視線に気付き、ため息を吐くように微笑む、佳葡。
 瞬間、学校のチャイムが鳴り、担任の教師が入ってくる。
 教師の方を向く、生徒たち。
教師「HR始めるぞー。それと、今日からこのクラスに教育実習生が来るから」
 教師が開けたままの教室の扉に向かい、声をかける。
 爽やかな「はい!」と元気な声が聞こえた後、教室に若い男(怪狸 梓(かいり あずさ)(見た目23))が入ってくる。
 梓は教卓に立つ担任の隣へと立ち、黒板に〈怪狸 梓〉ととても大きく書く。
梓 「初めまして! 今日から教育実習生としてお世話になります、怪狸 梓です。自分、自分の名前が気に入っているので、よければ梓の方で気軽に呼んでください!」
 元気よく挨拶した後、深々とお辞儀をする、梓。
 クラス内で梓へ控えめな拍手が送られる。
 笑顔を浮かべ、照れくさそうに頭を掻く、梓。
教師「今日、梓先生は自分についてくることになるから、このクラスで本格的にお世話になるのは明日からになる。そうだな……明日の日直は〜、兎見!」
柚月「は、はい!」
 肩を跳ねさせ、勢いよく席を立つ、柚月。
教師「明日からの梓先生の案内とか世話は任せた」
 担任の教師は柚月に対しグッドサインを向ける。
柚月「え?! わ、私ですか?!」
 それって面倒ごとを押し付けたのでは? と疑いの目を担任の教師へ目線で訴える、柚月。
 そんな視線を笑顔でいなし、担任の教師は梓へと説明を始める。
教師「ある程度は今日俺から教えるが、明日からは兎見に色々聞くように。」
梓 「はい! わかりました!」
 勝手に話が進む二人へ静止を求む手を伸ばすも、効果はない。
 柚月は大きくため息を吐き、席へと座る。
 後ろの席から佳葡に背中をさすられる、柚月。
柚月M「まぁ、優しそうな先生だし……平気だよね」
 しょうがない、と理不尽を飲み込み、梓へと視線を向ける。
 柚月の視線に気付いたのか、梓も柚月へ視線を向ける。
 柔らかな表情を向けていた梓だが、柚月に向いた視線は鋭い。
 まるで値踏みをするように見据えた蘇芳色の瞳に、一瞬ぞわりと背筋が凍る、柚月。
 しかし梓はすぐに人当たりの良い柔らかな笑みを柚月へと向ける。
 不思議に思った柚月だが、何事もないように梓へ笑みを返す。
柚月M「気のせいかな?」

〇同 星見稲荷神社 拝殿 境内(朝)
 次の日。
 曇り、太陽も青空すら雲に隠れた暗い朝。
 階段から柚月が境内へ足を踏み入れる。
 いつもより早く家を出たからか、誰もいない境内の中、慣れた手つきでお祈りをする、柚月。
柚月M「今日もあんまり眠れなかった……えっと……今日を何事もなく乗り越えられますように……」
 責任感から不安な気持ちを願いに込め、吐き出す、柚月。
杏哉「おや、柚月ちゃん。おはようございます。今日は少し早いんですね」
 ゆっくりと瞳を開けると、社務所の方から竹箒を持って出てくる杏哉が目に入る。
柚月「おはようございます。実は、少し大変なことを先生から任されてしまって」
椛 「大変なことって?」
 乾いた笑みをこぼす柚月の背後から、椛が覗き込む。
 驚きから心臓をドクドクとうるさく鳴らしながら、柚月は椛へ挨拶をする。
柚月「昨日から来た教育実習生の案内とかを先生から任されちゃったんだ」
椛 「……それって、面倒ごと押し付けられただけじゃないの?」
柚月「やっぱりヤコくんもそう思うよね……あはは……」
 再度乾いた笑みをこぼす、柚月。
 椛は瞳を細める。
椛 「嫌なら断ればいいのに」
 冷たく発される言葉と瞳に、寒気を感じる、柚月。
柚月「嫌、ではないんだよね。優しそうな人だったし、新しい先生ってなんかワクワクしない?」
 冷たく凍るような椛に対し、温かな笑顔を向ける、柚月。
 椛は拍子抜けしたように表情を崩し、はぁと呆れのため息をこぼす。
椛 「まぁ、月がいいならいいけど。……ちょっとごめんね」
 柚月に断りを入れてから、椛は柚月の腹へ腕を回し、抱きつく。
 びくりと反応する柚月。
 そんな椛を見て、頭を抱える、杏哉。
 二人を他所目に、椛は柚月の頬へとキスを落とす。
 ギュッと抱く力を強めてから、椛はパッと柚月から離れる。
 一瞬の出来事に思考を停止させた柚月だが、すぐに正気に戻り、カァっと顔を赤く染める。
柚月「や、ヤコくんっ?!」
椛 「御狐様へのお願いだけじゃ足りないかもしれないから、これは僕からのおまじない」
 優しい視線を向け、柚月の頬へと手を伸ばす。
椛 「何事にも真面目に、一生懸命考えられる月はすごいと思う。でも、無理だけはしてほしくない。責任から逃げて助けを求めたって、誰も月を責めたりしないから」
 ね? と優しく微笑み、柚月の頬を一撫でしてから手を離す、椛。
 赤く染まった頬はそのままに、落ち着いた様子でこくりと頷く、柚月。
柚月「ありがとう、ヤコくん。でも梓先生は良い人だと思うから、本当に大丈夫だよ」
椛 「……ん? 梓?」
 独り言のように呟く、椛。
 柚月がポケットからスマートフォンを取り出し、時間を確認する。
柚月「あ! もうこんな時間! ごめんねヤコくん、今日は先に行くね!」
椛 「月!」
 慌てて神社を後にする柚月。
 静止を求める椛の声と伸ばされた手は届くことなく、すぐに柚月の姿は神社から見えなくなる。
 椛はその場にとどまり、顎に手を当てて考え込む。
 そんな椛を不思議に思い、杏哉は椛へと近寄る。
杏哉「椛様? どうかなさいましたか?」
椛 「……梓……」
 ポツリと呟く椛に、首を傾げる、杏哉。
 杏哉が思い出したように声をあげる。
杏哉「あ、そういえば。実は、昨日あの場所にこんなものが置かれていたんですよね」
 疑問に思い、杏哉の方へ向き直る、椛。
 杏哉は袂に手を入れ込み、一輪のノジギクを椛に見せる。
 ノジギクは幹から動物の歯で引きちぎられている。
 ノジギクを見て、考え込み、杏哉へと向き直る。
椛 「……杏哉、嫌な予感がする。悪いけど、今日はお前の説教は聞けない」
 やけに真面目な表情を見せる椛に、息を呑む、杏哉。

〇同 夜凪高等学校 2−2教室前廊下(朝)
 走って登校したことにより、息を乱す、柚月。
 教室へ向かうため、廊下を歩く。
梓 「――あ、兎見さん!」
 前方から元気な声が聞こえ、視線を向ける、柚月。
 犬が駆けてくるように柚月の元へ駆け寄る、梓。
柚月「おはようございます、梓先生。どうかしましたか?」
梓 「おはようございます! 実は、備品を教室へ届けるように言われてさっき届けたんですが、職員室の場所がわからなくなってしまって……」
 しゅんと肩を落とす、梓。
柚月「じゃあ一緒に行きましょうか。荷物だけ置いてきてもいいですか?」
梓 「ありがとうございます!」
 笑顔で対応する柚月に、瞳をキラキラと輝かせて柚月を見る、梓。

〇同 一階廊下(朝)
 雑談混じりに並んで廊下を歩く、二人。
柚月「――へぇ、梓先生ってこの町に住んでたんですか?」
梓 「はい。といっても、ずっと前の話ですけど。もう何年も離れていたので、流石に町の印象は僕がいた頃とはすっかり変わってましたけどね」
 へぇ、と感心の声をもらす、柚月。
柚月「どっか思い出の場所とか行きました?」
 うーんと考え込む、梓。
 思い出したように「あ」と呟くと、眉を垂らし悲しげな表情を浮かべる。
梓 「……昔、友人が住んでいた場所が寂れてしまっていて、それは少し心に来ましたね」
柚月「それって……」
梓 「まぁ、もう昔の話なので。どこか違う場所へ行ったのかもしれないですし」
 寂しそうな笑顔を見せる梓に、柚月も気分を下げる。
梓 「そんなヤワな奴じゃないんで、多分どっかで楽しくやってますよ!」
 先ほどまでの表情とは一変し、明るく元気な笑顔を向ける、梓。
 そんな梓に、安堵した笑みを向ける、柚月。
柚月「あ、職員室着きましたよ」
 扉の側についた〈職員室〉と書かれた看板を指差す、柚月。
梓 「兎見さん、ありがとうございます! 本当に助かりました!」
 柚月の手を取り、ブンブンを縦に揺らす、梓。
柚月「い、いえいえ。また何かあれば言ってください!」
 困ったような微笑みを見せる、柚月。
 揺らしていた手を止め、柚月の右手を取る、梓。
 そのまま柚月の右手の甲へとキスを落とす。
梓 「はい。頼りにしてます」
 梓は「ではっ!」と手を離し、そのまま職員室へ入っていく。
柚月「……え?」
 置いて行かれた柚月は一人、その場に立ち尽くす。

〇同 2−2教室(夕)
 放課後。
 机に頭を伏せる、柚月。
 そんな柚月の元へ、購買から帰ってきた佳葡が近づく。
佳葡「疲れてんね」
柚月「梓先生、思った以上に方向音痴で……毎時間、教室案内してた気がする……」
佳葡「お疲れお疲れ」
 佳葡は柚月の傍にパック飲料を置く。
 むくりと起き上がった柚月は佳葡にお礼を言ってから、パック飲料を飲む。
柚月「……ねぇ、佳葡ちゃん。梓先生って海外で暮らしてたりしてたのかな?」
佳葡「え、なに急に」
柚月「なんか、若干距離が近いというか……海外ノリが入ってる気がするというか……」
 遠い目をしてパック飲料の中身を吸う、柚月。
 佳葡は考えるように顎に手を当てる。
佳葡「結構色々なところに行ってたって話してたのは聞いたよ。海外にいたかまでは知らないけど」
柚月「そっかぁ」
 柚月は瞳を伏せる、パック飲料を少量ずつちびちびと飲み進める。
 疲労困憊な柚月を見て、心配に思う、佳葡。
佳葡「……大変なら担任にいいなよ? あんたが我慢してまでやってあげることじゃないんだから」
 心配そうな視線を向ける佳葡を見て、笑みを向ける、柚月。
柚月「ありがとう、佳葡ちゃん。でも嫌なわけじゃないんだ。確かに大変だけど、頼ってもらえるのは純粋に嬉しいしね」
 疲れの中に嬉しさを孕んだような笑みに、佳葡はそっかと笑みを返す。
梓 「兎見さーんっ!」
 廊下から梓が困ったように柚月を呼ぶ声が聞こえる。
 パック飲料から口を離し、机に置いて席を立つ。
柚月「ごめん、佳葡ちゃん。私行かなきゃ。先帰ってて!」
佳葡「わかった。また明日ね」
 手を振る佳葡に対し軽く振り返し、柚月は梓の元へと向かう。

〇同 2−2教室前廊下(夕)
 廊下へ柚月が出ると、梓が両手いっぱいに備品を抱え、半泣きで立っている。
柚月「梓先生、大丈夫ですか? 少し持ちます!」
 梓が抱えた備品の一部を手に取る、柚月。
梓 「ありがとうございます。荷物の方は大丈夫なんですが、これ保健室の先生宛てで、場所が……」
柚月「保健室ですね! 一階なので、一緒に行きましょう!」
梓 「すみません、助かります〜!」
 申し訳なさそうに頭を下げる、梓。
 笑顔を向け、先導する、柚月。
 頭を上げる瞬間、梓の笑みが消え、蘇芳色の瞳が鋭く光る。

○同 一階 保健室前(夕)
 校舎の端に位置する保健室。
 〈保健室〉と書かれた看板を視界に入れ、指差す、柚月。
柚月「保健室はここです。校舎の端っこなのでわかりにくいんですよね」
 保健室の扉前まで駆け寄り、扉に下げられた看板を確認する。
 看板には〈外出中〉と書かれている。
柚月「あ、今保健室の先生いないみたいです。荷物は机の上に置いておくとかでも大丈夫ですか――」
 梓の方を向いた瞬間、鈍い衝撃が背中を伝う。
 ダンッと大きな音をたて、柚月は梓に保健室の扉を背に追いやられる。
 廊下には真っ白の何も書かれていない紙がばら撒かれる。反射的に離してしまった柚月の持つ備品もほとんどが白紙だ。
 梓が扉についた腕のせいで、柚月は逃げ場を失い、急な展開に呆気に取られる。
柚月「梓、先生?」
梓 「――チッ」
 かろうじて出た呟きは、梓の舌打ちによってかき消される。
 柚月より頭ひとつ分ほど高い身長のせいで柚月は影に覆われる。
梓 「……やっぱり、気のせいなんかじゃない」
 いつもの明るく元気な声色ではなく、低いどす黒く濁ったような、憎悪を孕んだ声色を発する、梓。
 梓の顔を見る。窓から指す夕方の日差しが入り、蘇芳色の瞳が獣のようにギラリと弧を描いて輝く。
 その瞳に、柚月は体を硬直させ、しかし瞳は釘付けられたように離すことが出来ない。
 梓の表情に笑顔はなく、憎しみを全面に出した表情を柚月に向ける。
梓 「お前からは、あの忌々しい女狐と同じ匂いがする」
 まるで宿敵の相手を目の前にしたように、梓は柚月へ敵対心をあらわにして、言い放つ。


4話 終
< 4 / 5 >

この作品をシェア

pagetop