詩音と海と温かいもの

01.瞼:矢崎詩音は途方に暮れていた

「うう、どうしよう」


 私、矢崎詩音は、寮の前で途方に暮れていた。

 手にはあまり大きくない旅行カバン、後ろには締め切られた門。

 三月の空は薄青くて、冷たい風が吹いていた。



 どうして、こんなことになっちゃったんだろう。

 中学一年の終業式が終わったあと、担任の先生に呼び出されたところから話は始まった。


「矢崎さん、今回の面談も親御さんはいらっしゃらないの?」

「すみません、仕事が忙しくて」

「矢崎さんを責めているわけではないけど、入学式から一度もいらしてないでしょう?」

「申し訳ありません……」

 泣きたい気持ちのまま、頭を下げた。

 いっそ泣いてしまえば、先生はあまり深く聞かないでいてくれるのかもしれない。

 でも、親が私に時間なんて使わないのは当たり前のことで、泣く気にさえなれなかった。


「ともかく、親御さんに手紙を出しますから、春休みの間によくよく話し合ってください。それから」


 やっと終わった、と思った。

 ほっとして顔を上げたのに、話は全然終わっていなくて、むしろここからが本番だった。


「知っているとは思いますけど、春休み中は寮の使用は不可となります。明日中に帰宅してください」

「えっ」

「矢崎さんは夏休みも冬休みも、ほとんど帰省しませんでしたね? 春休みはそうはいきません。わたくしも意地悪で申しているのではありませんよ。新入生の受け入れのために、クリーニングを行うのです」

「あー……そうなんですね。わかりました」


 先生は気まずそうに困った顔をして、軽くうなずいて去っていった。

< 1 / 31 >

この作品をシェア

pagetop