詩音と海と温かいもの

06.滴る:川瀬匠海は少女のためにフライパンを振るった

 ゴールデンウィーク後半、俺……川瀬匠海は妹の友達である矢崎詩音を部屋に招いた。

 二人で並んで台所に立ち、フライパンに油を注いだ。


「この前、バイト先で教わったんだけど、すっごく美味しくてさ。詩音ちゃんにも食べてもらいたいって思ったんだ」

「そうなの? 楽しみ!」


 小さいおにぎりを多めの油で揚げて、丼に入れた。

 野菜と豚肉のあんかけを作って丼にかけると、ふわっといい匂いが広がった。


「わ、すごい」

「今度餃子も一緒に作ろうぜ。あれ、黙々と包むのが癖になるんだよな」

「私にできるかな」


 詩音ちゃんが首を傾げたから、スープをかき混ぜながら頷いた。


「できるよ。そんなに難しくないし、たくさん作るから、やってる間に慣れてくる」

「じゃあ、やってみようかなあ」

「夏休みに、美海と夜と一緒にやろうな」

「うん、楽しみにしてる」


 丼と中華スープをテーブルに運んで、詩音ちゃんと向かい合って手を合わせた。

 詩音ちゃんは目をキラキラさせながら箸を手にして、スープに口をつける。


「おいしい!」


 ニコニコしながら丼にも箸を伸ばして、一気に半分近く食べた。


「すっごくおいしい! 匠海さんって本当にすごいね。魔法みたい」

「そんな大したもんじゃないけどさ。でも、詩音ちゃんの口に合ってよかった」


 本当によかった。

 せっかく作るなら、おいしいって言ってもらえたら嬉しい。

 君のために作ったから、君に喜んでほしかった。


「おいしいよ。匠海さんが私のために作ってくれたんだから、もうそれだけでおいしい」


 それを聞いて、やっと俺も箸を持った。

 詩音ちゃんの様子が気になって、自分の分を食べるどころじゃなかったから。



 夕飯を食べ終えて、片付けも一緒に済ませた。

 順番に風呂に入って、ベッドの縁に二人で並んで座った。


「匠海さん、今日はベッドで寝てよ」

「えー……」

「匠海さんが床で寝るなら、詩音も床で寝る。どうするの、詩音が風邪引いたら。治るまで看病してね」


 脅してるのか甘えてるのか分かんないセリフに、思わず吹き出した。

 なんだ、そのかわいいセリフ。

 つーか看病くらい、いくらでもするけど。

 でもなあ、なんていうか、詩音ちゃんは自分がかわいいってことに気づいてないっていうか。

 まあ、別にいいけどさ。甘えてくれるのは嬉しいし

 俺がやましさとか、邪な気持ちを隠し通せばいいだけだから。


「詩音ちゃんが風邪引いたら、俺が看病するよ。でも、うん。風邪引かせたくないし、硬い床で寝かせたくもないから、ベッドで寝ようか」

「やった、ありがとう」


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