詩音と海と温かいもの
 小崎町に長くいなかった理由は、実はそっちだった。

 一昨年の夏の終わりに、美海と夜がようやく両思いになった。

 二人はずっと両片思いで、なんでくっつかないんだろうって思っていたから、両思いになったのは嬉しかった。

 でも、私が少し寂しくなったり、気が引けたりするのも本当で。

 なのに、匠海さんは少し呆れたような顔をした。


「それ、気にしてた? 美海に言ってみなよ。めっちゃ怒るから」

「……そうでしょうか?」

「うん。夜だって、詩音ちゃんが帰ったあと寂しがって、すげーぼやいてたよ。宿題のことも聞きたかったみたいだし」

「そうだったんですね……」


 匠海さんはまたニコッと笑った。


「あいつらも言ってたと思うけどさ、おばあさんの家が居づらいなら、うちでいいじゃん。部屋空いてるし」

「えっ」

「俺は詩音ちゃんが帰りたくないところになんか、行かなくていいと思うよ? まー、未成年だから、もちろん許可はいるけどさ。あ、一口食べる?」


 わざわざ新しいスプーンを出して、匠海さんはグラタンを一口すくって私に差し出した。

 ヤバい、泣きそう。

 美海と夜にも同じことを言われていたのに、どうして私は忘れていたんだろう。

 口を開けて、グラタンを食べた。


「おいしいです……」

「ね、うまいよね」

「……あの、春休みの間、お邪魔してもいいでしょうか?」

「もちろん。親にも確認するから待ってね。詩音ちゃんも親御さんに許可もらっておいて」

「はい!」


 私の親は、二つ返事でオッケーだった。

 美海の親御さんに渡すようにと、食費と滞在費まであっという間に振り込まれていた。


「うちはオッケー。美海が楽しみにしてるって」

「ありがとうございます!」


 今度は我慢できなくて、私はまたボロボロ泣いた。
< 7 / 27 >

この作品をシェア

pagetop