詩音と海と温かいもの

02. それでは、:川瀬匠海は少女の手を引いた

 その日、俺、川瀬匠海は、春から一人暮らしを始めるために新居を探していた。

 無事に決めて、契約や引っ越しの手続きも済ませて、いったん実家に帰ろうとしたところで妹の友達に出くわした。


 矢崎詩音。


 スラリとした美少女だ。

 妹の美海も兄の贔屓目込みでかわいいけど、詩音ちゃんはかわいいというより綺麗な女の子だ。

 昔から綺麗な子だな、何食ってんのかなと思ってたけど、彼女が中学に上がってしばらく見かけないうちに、さらに美人になっていた。


 そんな子と駅前でぶつかって、いきなり泣かれたもんだから、男としてはたまったもんじゃない。

 慌てて助け起こして、部屋探し中に見かけたカフェでなんとか元気を取り戻してもらった。


 そしたら何だかんだで、詩音ちゃんはうちに来ることになった。

 まあ、小学生のころは夏休みにたまに泊まってたし、詩音ちゃんがいると俺と美海がだらしなくならなくて、親も喜ぶから全然オッケーだ。

 美海が隣に住む幼馴染の佐々木夜と付き合ってるんだか、いないんだか。やっと互いに素直になったらしくて、それに詩音ちゃんが遠慮してるのも、わからなくはないけど。

 でも、美海と夜の二人が、変わらず詩音ちゃんのことを大好きだってことも、わかってやってほしい。

 そういうわけで、俺は詩音ちゃんの荷物を持って駅に向かって歩いていた。


「重いな、これ。よく学校から持ってこられたね」

「寮にクリーニングが入るから荷物を置いておけなくて。あの、すみません、自分で持ちます」

「いーよ、これくらい。むしろ詩音ちゃんみたいな細い子が持ってるほうが不安になるし。気になるなら『ありがとう、お兄ちゃん』って言って」

「あ、ありがと、お兄ちゃん……?」

「んー、やっぱ名前で呼んで」


 詩音ちゃんは首をかしげながら笑った。

 やっぱ俺を兄と呼ぶのは美海だけで十分だ。


 義弟(予定)の夜もたまに


「お義兄さん」


 とか言ってくるけど、あいつのは俺にやらせたいことがあるときだけだから全然かわいくない。

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