俺様エリートマーケッターの十年愛〜昔両思いだったあの人が、私の行方を捜してるそうです〜

第二章「忘れられない過去」

 今から十年前の五月。風薫る季節になった頃、美波は虫垂炎にかかり、近くの私立病院に入院することになった。

 手術には家族の付き添いが必須だった。

 専業主婦の母がその役を引き受けてくれたのだが、無事終わって美波が病室に運び込まれると、「もう大丈夫よね」と腕時計を見下ろした。

「そろそろ茉莉を塾に送っていかなくちゃいけないのよ。あの子、今受験で大変でしょ。バスは遅れることもあるから私がいないと。もう、ほんとこんな時期に病気なんかして」

「……ごめんなさい」

 命には別状のない病気だったからと言って、体の一部を切り取ったのだ。まだ麻酔が効いているからいいが、これから痛くなるだろうし、不安だし、本当はそばにいてほしかった。

 だが、入江家では二つ年上の姉、茉莉が常に優先されている。学校でも有名な美少女で、成績優秀で、おまけにスポーツ万能で――。

 昔から彼女の希望が第一で、並以下で味噌っかすの美波はいつも後回しにされていた。

「はい、これ、お金。地下に売店があったでしょう。あとは自分で何とかしてね。それくらいできるでしょ」

「……」

「あら、茉莉から電話だわ。もしもし、ごめんなさいね。今すぐに行くから……」

 母は振り返りもせずに病室を出て行った。
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