俺様エリートマーケッターの十年愛〜昔両思いだったあの人が、私の行方を捜してるそうです〜
 最後に「俺、お前が好きだ」と囁くように呟く。

「多分、初めて会った時から好きになっていたんだと思う」

「……っ」

 美波は心臓が激しい早鐘を打っているのを感じた。

 告白されて嬉しかったからではない。絶望のどん底に叩き落とされたせいだ。

(翔君が好きになったのは声……。私の、声……)

 美波の声は姉の茉莉にそっくりだ。美人で、なんでもできて、人気者で両親の信頼も厚いの姉の――。

 翔の思い描いている「ナツ」は、「美波」ではなく、「茉莉」に近い女の子なのではないか。

 もし目が見えるようになったら、本当の自分を知られてしまう。地味で冴えない、何をしても駄目な自分を――。
それは美波にとっては一番恐ろしいことだった。

 翔が再び口を開いた。

「ナツ、お前は俺のことをどう思っている? 俺はお前も俺を好きだって自惚れているんだけど、違うか」

(違わない……)

 翔が好きだ。誰よりも大好きだ。本当だったら一生手の届かなかった、キラキラ輝く特別な人――。

「私もよ」と胸に飛び込んでいけたらどれほどいいだろう。だが、それはできないし、してはならなかった。

 しかし、せっかく翔が前向きになって手術を決断したのだ。ここで告白を断ってやる気を削いではならない。

 美波はもう泣きそうになっていたが、小刻みに震える体を押さえ、必死になって明るい声を作った。この時ほど翔の目が見えないのを、神様に感謝したことはなかった。

「うーん、どうしようかなあ」

「お前……小悪魔系かよ」

「じゃあ、こうしよう」

 人差し指を立てて提案する。

「手術が成功して目が見えるようになったら、一緒にあの海に行こうよ。その時私もちゃんと返事をする」

 翔がほっとしたように笑う。

「そう来たか。ご褒美ってやつだな」

「駄目?」

「いいや、俄然やる気になった。絶対にオッケーって言わせてやるからな」

「あはは……」

 翔は美波が断らないと確信しているのだろう。はしゃいでいるのが手に取るようにわかった。

 一方、美波はそれこそ冬の海に叩き落とされたような心境だった。

(……もう翔君のそばにいられない)

 これは罰だと思い知る。

(翔君を騙してまでそばにいようとした罰だ――)
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