俺様エリートマーケッターの十年愛〜昔両思いだったあの人が、私の行方を捜してるそうです〜
 ――通常角膜移植は国内のアイバンクを利用する場合、不足しているので順番待ちになっており、数年は待機する必要がある。

 しかし、翔が入院していた病院は海外の医療機関と提携し、なるべく早く手術を受けられるシステムを設けており、それから数ヶ月後には手術をする運びとなった。

 暦の上ではすでに秋になった、九月の半ば頃のことだった。手術の三日前に当たるその日、美波は翔とまた病院前の庭で会った。

 まだまだ暑く入院患者も見舞客も道行く皆が半袖である。

「どう? 手術の心構えはできた?」

 翔はベンチに腰掛けながら、隣の美波に力こぶを作って見せた。

「バッチリ。というか、全然怖くないんだよな。あんな事故に遭っただろ。あの時の衝撃がすごすぎて、メスくらいなんだって感じだ」

「翔君らしいね」

「だろ? それに、ナツの顔を見るのが今からもう楽しみなんだ。手術なんてさっさと済ませてやるさ」

「……っ」

 翔が視力を取り戻した頃には、自分は、いや「ナツ」はもういない。

 それを知った時翔はナツをどう思うのだろうか。罪悪感に胸が潰れそうになった。だが、「この程度の女だったのか」とがっかりさせるよりいい。

 翔はサッカーができなくなろうと、やはり特別な人なのだと思う。パジャマ姿で眼帯をしているのにもかかわらず、いや、それが一層彼の明るくもストイックな魅力を引き立てている。

 これから可愛い女の子との出会いなどいくらでもあるはずだ。きっとすぐに「ナツ」のことなど忘れるだろうし、それでいい。

 美波の心境など知るべくもない翔は、「この青灰色の世界ともお別れか」と、眼帯に覆われた目に触れた。

「ナツのおかげでこの色結構好きになっていたんだけどな」

「約束の海もきっと同じ色だよ。だから、また見られるよ」

「そうだな。……海か。昔は海なんて全然見ていなかったな。これからもっといろんなものが見たいな」

「昔」とはサッカーをやっていた頃のことなのだろう。翔がすでに過去を振り切れたことが理解できた。

 それを確認できただけでも、会えてよかったと思った。
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