俺様エリートマーケッターの十年愛〜昔両思いだったあの人が、私の行方を捜してるそうです〜

第三章「逃れられない今」

 ――視界がぐらぐら揺れている。

「俺はナツをずっと探していた……君はナツなのか?」

 目の前にいるスーツ姿の翔の顔もだ。

 一瞬地震かと思ったがそうではない。動揺しているからだとすぐに気付いた。

(駄目よ。落ち着いて)

 必死に自分に言い聞かせる。

 まさか、翔が自分を覚えていたどころか、ずっと行方を探していたなんて。

「すみません。ナツさんってどなたですか?」

 出した声が震えていなかったのでほっとした。

(絶対にバレたくない。どうして今になって)

 あれから十年、自分なりに努力はしてきたが、相変わらず暗くて冴えない地味子のままだ。異性と付き合った経験もない。こんな女になったのだと知られたくない。

 というよりは、翔が愛した「ナツ」は一夜の夏の夢。幻のような存在で現実にはいなかった女の子だ。どれだけ捜したところでどこにもいない。どれだけ望まれても会わせてあげられないのだ。

 とにかくなんのことだかわからないと言った顔をして見せる。

「心当たりがないんですが……」

 翔は苛立たしげに美波の肩を掴んだ。

「今説明したはずだ。君はナツなんだろう?」

 その顔が怒って見えるのはなぜなのか。

(私が明るくて、元気で、面白い、翔君が思い描いていたような女じゃないから?)

 なら、決して認めてはならなかった。

「えっと、私の声と似た方なんですか?」

 あくまで白を切る。すると、翔も自信がなくなってきたのだろうか。

「違うのか……?」

、と首を傾げた。

「自分じゃ実感できないんですけど、私の声って有名な声優さんに似ているそうなんですよ。だから、時々驚かれることはあるんですけど」

「……」

 翔はまだじっと美波を見つめている。

「……入江さん、君の声に似た人は他に知っているか?」

「姉が声だけはそっくりだって言われていますね」

「そうか。お姉さんが……」

 ようやく「悪かった」と溜め息を吐く。

「……俺の勘違いだったみたいだな。君のお姉さんと会うことはできるだろうか」

「ごめんなさい。それは難しいかと……」

 美波は大学進学と同時に、両親の反対を押し切って家を出ている。原因は両親と姉の茉莉、自分との間に生まれた確執からだ。以降、時々しか連絡を取っていない。

「高橋さん、どうしてそのナツさんを捜しているんですか? 昔お世話になったお礼を言いたいとか?」

「いや、違う」

 翔は身を翻して前を見つめた。

「……それはナツにしか言えない」

 ナツの件はこれで終わったはずだった。翔は彼女を諦めざるを得ず、いい思い出でのままで終わるはずだった。

 それから半月後、プロジェクトに協力する広告代理店の担当として、姉の茉莉がイダテンにやって来なければ――。
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