俺様エリートマーケッターの十年愛〜昔両思いだったあの人が、私の行方を捜してるそうです〜
 ――それからしばらくはマーケティング部、専門店営業本部ともにプロジェクトの下準備に追われ、美波が翔と顔を合わせることはなかった。

 美波の場合三井部長のサポートに加え、総務と協力してプロジェクト全体の資料作成、数値管理、スケジュール調整まで任されることになり、自分では手に余ると感じることも多かった。

 しかし、弱音は吐けない。どんな理由であれ自分を買ってくれた、三井部長の顔に泥を塗ってはならない――その一心でがむしゃらに働いた。

 ある日の昼休憩間際、資料作成に集中していた時のことだ。

「入江さん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いいかい」

、と三井に声を掛けられた。

「はい、なんでしょう」

 三井はビジネスケースを手にしていた。雰囲気から察するに今から外出するのだろう。

「実はね、僕今から神宮外苑の直営円に行かなくちゃいけないんだよ。ちょっとトラブルがあったみたいで、話が大きくなりそうなんだよな。課長クラスでも対応できないみたいで」

 時間がかかりそうなので、今日は直帰することになるそうだ。

「えっ、ですが、今夜は各部代表の会食の予定では?」

 社内の中心人物たちだけではなく、広告代理店の担当もやって来るはずだ。

「そうなんだよね。だから、代わりに参加してほしいんだ」

「えっ⁉」

 確か、会食の会場は駅前のホテル内にある、高級会席料理店の個室だったはず。しかも、顔ぶれを考えるに込み入った話もするはずだ。一営業事務が対応できるとは思えない。

「わ、私では力不足かと……」

「大丈夫、大丈夫。僕の仕事は入江さんが一番よく理解していると思う。プロジェクト全体の流れもね。あっ、まずい。そろそろタクシーが来る」

 三井は「頼んだよ~」と手を振りつつオフィスを出て行ってしまった。ドアを閉める間際にくるりと振り返る。

「そうそう。広告代理店の担当さんが変わったそうなんだよ。前の人が病気で倒れちゃったみたいでね。よく挨拶しておいてね」

 その後美波が引き止める間もなく、廊下をすっ飛んで行ってしまった。

 美波は呆然と呟いた。

「私が、専門店営業本部代表……?」
< 29 / 40 >

この作品をシェア

pagetop