ロマンスに、キス



佐野は少しだけ眉を上下させて、困ったような、でも諦めたような表情をした。



「んー。俺も、分からん」



低い声でそう言われた瞬間、また心臓が跳ねた。“分からん”って何。気持ちがあるのか、ないのか。あたしを揺さぶりたいだけなのか。

でも、そこには、嘘がない気がした。あんた、ほんとにずるい。曖昧な返事。わからないなんて、じゃあ、最初からするなよ。

胸の奥でそう毒づいていると、佐野が少し身を屈めて、覗き込むようにあたしの顔を見た。



「いや?」



たった二文字。
でも、すごくずるい聞き方。 嫌かと聞かれれば、嫌じゃない。……けど、嫌な気もちょっとする。その境界が分からなくて、胸がぎゅっと苦しくなる。



「い、や」



震えた声が自分でも分かる。緊張で喉がうまく動かない。さっきまであんなに安心して、佐野の肩に頭を預けて眠れそうだったのに、急に全部が不安定になる。


佐野は軽い声で、「そ」と返しただけで、スマホを取り出してポンポンと触り始めた。


……は?
この男、あたしに2回も無断でキスしておいて、謝る気なんてさらっさらない。普通、気まずさとかないの?罪悪感とか、ないの?

キスした本人の方が落ち着いてどうするの。


でも、たぶん。あたしが嫌がらなかったのなんて、最初から見抜いてる。
ずるい。 全部分かってて、何も言わない。


< 65 / 91 >

この作品をシェア

pagetop