ロマンスに、キス
廊下を歩く足音だけが響き、心の中のモヤモヤがだんだん膨らむ。
いっそ声をかけてやろうか。でも、それも面倒くさい。
……結局、何もしない自分に少し苛立ちながらも、自然と表情はいつもの“天使スマイル”に戻る。
「一千華」
後ろから、あの声。
この学校で、あたしの名前を呼び捨てにできるのは、佐野だけ。
その響きに、思わず立ち止まる。
――この、休み時間の廊下で、軽々しくあたしの名前を呼ぶな。
心の中でそう思う。
でも、口には出さない。
屈辱的でも、ここは天使の私の顔で返す。
「なーに?」
低く、柔らかく、でもどこか挑発的に。
自然に微笑む。
すると、予想通りの反応。眉を片方下げて、怪訝な顔。
こいつが今、何を言いたいのか、私にはわかる。
だから、絶対に口に出さないでほしい。
しょうがないでしょ、ここ廊下なんだから。
誰かに聞かれたら終わりだし、私のプライドが崩れる。