季節は巡り、隣のあなたはいつでも美しい
 その村に行くのは、いつ以来だろうか。

 幼い頃に親父に場所を教わったとき以来かもしれない。

 単純に、人間の営みに興味がなかったから、遠目から畑の惨状は目にしてたけど、寄りつくことはしなかった。

 何十年かぶりに見た村は酷く荒んでいて、その中央で澪が磔にされていた。

 交差された杭に腕が結びつけられ、服は裂け、肌には打ち付けられた跡があった。

 周囲では、村民らしい男どもが棒きれを振り回して怒鳴っていた。


「村を見捨てた売女めが」

「鬼を垂らし込むなど汚らわしい!」

「なんのためにお前を鬼に差し出したと思っているんだ!」


 花菜に聞かせたくなかったけど、もう手遅れだ。

 俺の首にしがみつく花菜を、粗末な小屋の横に下ろした。


「ちょっとお前の母親を連れ帰ってくるから、そこでおとなしくしとけ」

「……あい」


 ゆっくりと村の中央に向かった。

 足音に気づいた澪が俺を見上げた。

 澪の前にしゃがみ込むと、彼女は静かに口を開いた。


「ミズキさん……ごめんなさい……」


 俺に気づいた男どもは、顔を青くして後ずさった。


「それは、何についてだ?」

「お夕飯の用意、できてなくて」


 つい吹き出すと、澪も同じように頬をゆるめた。


「それに、私、変なんです。こんなに打たれたのに……」


 澪は困ったように腕を振った。

 つながれていた紐がちぎれ、背後に刺さっていた杭がへし折れた。


「あんまり痛くないですし、怪我もすぐ治っちゃいました」


 ボサボサになった澪の髪を手で梳いてやると、すぐにさらりと流れ、夕日を反射して輝いた。


「そりゃお前、何年俺が精を注いだと思ってるんだ。まっとうな人間で、いつづけられるわけがねえだろ」

「……そうなんですか?」


 澪は目を丸くして俺を見上げた。


「なるほど、だから痛くもかゆくもないんですね。ふふ、力持ちです」


 自慢気に腕を曲げる澪だが、力こぶは全くない。


「つーか、なんでわざわざ掴まったんだよ」

「彼らの言うことも、理解できなくなかったんです。お腹が空いているだけですから」

「だからって、縛られてやらなくていいだろうが」


 ため息をついて周囲を見回した。

 確かに連中は痩せこけていて、手にした棒きれはその辺の枯れ木の枝を拾ってきただけに見えたし、畑が荒んでいるのも承知していた。

 澪の言うとおり、「お腹が空いているだけ」なのだろう。


「澪、お前はこいつらをどうしたい?」


 問うと澪は困った顔で辺りを見回した。

 男どもは青い顔で後ずさる。その腕も脚も澪と同様かそれ以上に細く痩けていた。


「私は怪我もありませんし、被害はお夕飯が遅れたことだけですから、放っておいてよいと思いますが」

「そうか」


 目の前の澪を抱き寄せ、薄い背中を撫でた。

 その温かさに、安堵する。


「だが、俺はお前に向けられた悪意を捨ておけないんだ」

「ミズキさん……?」


 ぽかんとする澪に微笑んでから、花菜を呼んだ。

 男どもが手を伸ばしたが、俺の娘が人間ごときに捕まえられるわけがなかった。


「花菜、母さんと一緒にいられるか?」

「あい、りょうかいです」

「そうか、了解してくれるか」


 勇ましい顔で俺を見上げる花菜の頭を一つ撫でた。

 同じように、まだぽかんとしたままの澪の頭を撫でてから、俺はその向こうへ目をやった。

 そして、地を蹴った。

 男どもの前で腕をふるうと、逃げ損ねた数名が顔を歪ませ、そして弾けた。
 同時に手が届かなかった人間から悲鳴が上がったから、そちらに一歩踏み込む。

 悲鳴を聞いて小屋から出てきた人間がさらに悲鳴を上げ、崩れ落ちたり、走り出してつまずいたりした。

 それらがすべて静かになったら、粗末な小屋に腕を叩き付け、村内に動く人間がいなくなるまで、俺は足を止めなかった。

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