元プロバンドマンの部下は、私に気づかない~まさかの再会オフィスラブ~
そのまま、時が過ぎ、夕方になった。終業のチャイムが館内に鳴り響き、それまで、オフィスに響いていたキーボードを叩く音が、少し小さくなる。帰り支度を始める社員もいる中、湊は変わらずパソコンに向き合っている。


「朝比奈。」


不意に、彼に呼び掛ける声がする。かつて湊の教育担当だった先輩社員だ。


「はい。」


顔を上げた湊に


「お疲れ。」


と言って、笑顔を向ける。


「ありがとうございます。」


「南澤さん、ずいぶんお前を連れ歩くようになったなとは思ってたけど、信頼が厚くなったんだな。」


「そうですかね・・・。」


湊は少しだけ困ったように笑う。


「フェス案件で評価が変わったんだろうな。南澤さん、人を見る目は厳しいから。」


「・・・。」


「まぁ俺は正直、ギブアップしちゃったけど、南澤さんはお前を見捨てなかったからなぁ。あの人に感謝しろよ。」


そう言って、湊の肩をポンと叩くと、先輩社員は離れて行く。


(評価・・・。)


先輩の背中を追いながら、湊は思う。


(俺、そんな大したことをしただろうか?フェスでは偶然、自分にできることがあった。今日の打ち合わせも、思ったことを口にしただけだ・・・。)


思わず和那の方に視線を向けると、少し離れた席で、資料に目を通している、彼女の真剣な横顔が目に写る。すると、部下が近寄って来て、何やら質問をしてきたので、すぐに対応している。


誰に対しても変わらない。公平で、冷静で、仕事ができる上司。それが南澤和那という女性だ。なのに・・・


(どうして俺だけ・・・?)


その続きを考えかけて、湊は小さく首を振った。


(違う、「俺だけ」なんかじゃない。南澤さんは、誰に対しても誠実だ。だからこそ、自分にも向き合ってくれている。それだけのこと・・・。)


そんなことを思っていた時だった。
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