元プロバンドマンの部下は、私に気づかない~まさかの再会オフィスラブ~
和那は不意に立ち上がると、ベランダへ出た。


夜風が髪を揺らす。ふと空を見上げる、丸い月が、静かに街を照らしていた。


(湊・・・。)


心の中でそう呼んでみる。明らかに今までとは違った感情が沸き上がって来る。


『また話しませんか、仕事抜きで。』


あの言葉が、また甦って来る。湊があんなことを言って来るとは思わなかった。あの時、あの場所で。そして、躊躇いながらも、その言葉に頷いてしまった自分・・・。


その時が訪れた時、それは間違いなく二人きりということだ。湊と知り合って、気が付けば10年以上の月日が過ぎているが、そんな機会は、先日の屋上と、あとは、あの卒フェスの舞台裏だけ・・・。


(あの時、私は夢中で湊に飛びついていた。今思えば、あんなことするなんて、私らしくなかった。何を思って、あんなことしたんだろうな・・・?)


あの頃のような勢いは、今の自分にはもうない。でも、今、彼を思い、彼の名を心の中で呼ぶと、沸き上がってくる熱いものは、ひょっとしたら、あの頃と同じなのかもしれない。


(ううん・・・違うよ。あの時、私が彼に抱いていた感情と今の彼に対する感情は似ているかもしれないけど、たぶん全然違う。)


「湊・・・。」


ひとりの部屋。それは誰にも聞こえない、小さな呼びかけ。たったひとり、その声を耳にすることが出来た和那に、思わず照れ笑いが浮かび、それを隠すかのように、和那は月を見上げた。


同じ月が、和那と湊を静かに照らしている。
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