元プロバンドマンの部下は、私に気づかない~まさかの再会オフィスラブ~
神崎が離れて行く。湊はひとり、ベースを抱えて、その場に腰掛けた。無意識に、右手が弦に触れる。ポン、小さな音。それだけだった。でも、その音が、湊の胸の奥へ真っ直ぐ落ちて来る。


大学時代の狭いライブハウス、『Riot Beat』が汗だくになって、ステージに立っていた。歓声、照明、全部が一瞬で蘇る。思い出したくなかったはずなのに、忘れたかったはずなのに・・・。


(音って、音楽って残酷だ。でもやっぱりすげぇな・・・。)


たった一音で、全部連れてくる。当時に引き戻してくれる。


「まいったな・・・。」


思わず、またその言葉が口についた。その時


「リハ、終わった?」


和那の声が聞こえて来た。その声にハッと立ち上がって、振り向くと、その姿、ベースを抱えた湊の姿を見た彼女が、一瞬だけ息を止めた。そしてたった一言


「似合うね。」

 
そう言った。


湊は苦笑した。


「蓮さんにも言われました。」


「そう。それで、どう、やれそう?」


「わかりません。」


「朝比奈さん・・・。」


「ベースに触れたのは1年ぶりだったけど、ステ-ジに立つなんて、それこそ、いつ以来か、すぐには思い出せないくらいなんですから。」


「まだ、そんなこと言ってるんだ。」


「そんなことって・・・南澤さんだって、ライブの重圧はわかるでしょ。」


その湊の言葉に、和那は答えなかった。


外から歓声が聞こえる、前のバンドの演奏が終わったらしい。いよいよ、だった。


「『STILL BLUE』さん、スタンバイお願いします!」


声が掛かる。動こうとした湊の足が止まる、少し震えていた。情けないくらいに。そんな湊の横に、和那が並んだ。


「朝比奈さん。」


「はい。」


「楽しんで来て。」


和那はニコリと微笑んだ。その彼女の言葉に、湊は少し驚いた。


「あなたなら出来る。」でも


「頑張れ」でもなく


「楽しんで来て」、その一言だったから・・・。
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