元プロバンドマンの部下は、私に気づかない~まさかの再会オフィスラブ~
⑧気持ちが知りたい
翌日から、また和那の(株)ネクストリンク社員としての、多忙な日々が始まった。


パソコンを開いて、キーボ-ドを叩き、会議に出て、指示を出して、取引先に連絡を取り・・・いつも通りと言われればそれまで。でも今までと少しだけ変わったのは、その傍らに湊の姿がある時間が、確実に増えたことだった。


「南澤さん、このデータ共有お願いします。」


この日も、昼休憩開けに湊が資料を持って、和那の席にやって来た。


「ありがとう、置いといて。」


「はい。」


短いやり取り。それは以前より、だいぶ自然になった。


「あっ・・・。」


席に戻ろうとした湊が、不意に小さく声を漏らす。


「どうしたの?」


「すみません、これ。」

 
先ほどの資料の端、そこに、小さなコーヒーの染みがついていた。


「気づかなかった・・・。」


少しだけ困った表情を浮かべた湊が


「アウトプットし直して来ます。」


と踵を返そうとすると


「別にいいよ、それくらい。」


「でも・・・。」


「再印刷する時間も紙も、もったいない。」


和那は、思わず小さく笑いながら言った。その彼女の表情を見た湊は


「わかりました。」


つられたように笑顔になると


「では、これでお願いします。」


そう言って、和那の傍を離れて行く。


その背中を見送りながら、ふたりの間の距離は、あの夜から、間違いなく縮まったと、和那は思っている。


でも、それはあくまで、会社の上司と部下として。ただ、それだけ・・・。


(でも、そんなの当たり前じゃない。少なくても彼は、湊は、それ以上のことなんか望んでないんだから・・・。)


心の中で呟き、ひとつため息をついた和那は、気を取り直して、またパソコンのモニタ-に目を落とした。
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