《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene7「届かない気持ち」

 夕暮れの校舎裏。
 陽が傾き、赤い光がコンクリートの壁を静かに染めていた。
 蝉の声も遠く、世界が少しずつ静まりはじめている。

 その中で、麻里奈はひとり、靴の先で地面をなぞっていた。
 あの夜からずっと、大和のことばかり考えている。

 でも、胸が熱くなるたびに――
 どこかで自分にブレーキをかけてしまう。

(……これ以上、好きになっちゃいけない)

 そう思って顔を上げた、その瞬間。

「……麻里奈さん」

 振り向くと、そこに榊が立っていた。
 部活帰りなのだろう、肩のスポーツバッグが夕陽に照らされている。
 頬が少し赤いのは、陽のせいか、それとも。

「えっと……どうしたの?」

「少しだけ、時間いい?」

 榊は深呼吸をし、まっすぐ麻里奈を見つめた。

「……文化祭のステージ、見てたんだ。
 すごく、よかった。
 歌も、笑顔も、全部まっすぐで……目が離せなかった」

 麻里奈は息を呑んだ。
 榊の声はかすかに震えているのに、瞳はまっすぐ。

「最初は応援してたんだ。
 でも気づいたら……麻里奈さんを、好きになってた」

 その言葉が胸の奥で小さく弾ける。
 驚きと同時に、苦しさが押し寄せてきた。

「……ありがとう。でも……ごめんなさい」

 ゆっくりと頭を下げる。
 自分の声が少し震えているのがわかった。

 榊はしばらく黙り、それから静かに息を吐いた。

「……理由、聞いてもいい?」

「え?」

「俺、軽い気持ちじゃない。
 本気で惹かれたんだ。
 だから……教えてほしい。俺じゃ、ダメな理由」

 麻里奈は少しだけ目を伏せ、それから顔を上げた。

「榊くんは優しいし、すごくいい人だと思う。
 だからこそ、ちゃんと伝えなきゃって思ったの。
 ……わたしには、もう、好きな人がいるの」

 その一言が、夕陽の中で静かに落ちた。

 榊の表情がわずかに揺れる。
 それでも彼は、小さく笑った。

「……そっか。
 そいつ、幸せだな」

「……ごめんね」

「ううん。言ってくれて、ありがとう」

 それだけ言い残して、榊は背を向けた。
 夕焼けに溶けるように歩き去っていく。

 麻里奈はしばらくその場に立ち尽くした。
 胸の奥が、きゅうっと痛む。

(……わたし、誰かを傷つけてまで、彼を好きになったんだ)

 風が頬に触れる。少し冷たかった。

 その中で麻里奈は、小さくつぶやく。

「届けられないのは……私のほうなんだね」

 夕陽の光が完全に消えるころ、
 その言葉だけが、静かに風へ溶けていった。
 
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