《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene12「すれ違いの夕暮れに」

 日が落ちかけた街の風は、少し冷たかった。
 制服のまま、ランドセルのようにカバンを背負った大和の足取りは重い。

 ──麻里奈に、何も言えなかった。

 榊の告白を見てしまったあの日から、
 麻里奈の笑顔はどこかぎこちなく見えた。
 彼女の「大丈夫」が、まったく大丈夫じゃないことくらい、本当はわかっていた。

 (なのに……)

 自分から距離を取ってしまった。
 信じきれない自分が情けなくて、
 彼女の優しさに背を向けたまま、何もできなかった。

 そんな思考の渦に沈んでいたとき、背後から声がかかる。

「ねぇ、君。ちょっといい?」

 足元に影が差した。振り返ると、スーツ姿の男がにこやかに立っていた。
 その手には、名刺と書類の束。

「芸能、興味ある? 君、すごく目を引くんだよね。
 顔も、雰囲気も。……それに、体のキレも良さそうだ」

「え……」

 突然の言葉に大和は戸惑う。
 けれど、男の瞳の奥に浮かんだ真剣な色が、不思議と心に引っかかった。

(芸能界……)

 文化祭のステージがふっと脳裏に蘇る。
 ライトの中で交わした視線。
 歌い切った瞬間の高揚。
 麻里奈と見たあの景色。

 ──あのとき感じた“光”。
 もう一度、掴めるのだろうか。

「ダンスとか、好き?」

 男の問いに、大和は少し間をおき、ゆっくり頷いた。

「……はい。踊るのも、ステージに立つのも、好きです」

「だったら一度、レッスン見に来てみない?
 無理に勧誘はしない。ただ、可能性があると思っただけ」

 差し出された名刺を、戸惑いながらも受け取る。
 その小さなカードが、未来への扉のように見えた。

「……俺、変わりたいんです」

 ぽつりと漏らしたその言葉に、男は穏やかに微笑んだ。

「じゃあ、一歩目だね。連絡、待ってるよ」

 男が去っていく背中を見送りながら、大和はしばらく立ち尽くした。
 冷たい風が制服の裾を揺らす。

(麻里奈……)

 伝えられなかった想いが胸の奥で疼く。
 けれど、これがチャンスだとわかっていた。

 今の自分では、彼女の隣に並べない。
 だからこそ――変わらなきゃいけない。

 夕暮れの街に、ひとすじの光が差し込む。
 大和は名刺を握りしめ、静かに歩き出した。

 その背中は、迷いながらも確かに前を向いていた。

 
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