《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》
第3章

Scene1「再会の距離」

 オフィスビルの上層階。
 窓の外には、高層ビル群が並ぶ都心の景色が広がっている。

 朝の会議を終えた麻里奈は、手にしたタブレットを操作しながら会議室を出た。
 ヒールの音が、廊下に小さく響く。

「……じゃあ、午後は撮影現場に同行ですね?」

「うん。須田プロデューサーと一緒に向かう予定。大和くんの新しいインタビューも入ってるから、準備お願い」

 同僚にそう伝えると、麻里奈は小さく息をついた。
 この仕事にももう慣れたはずだった。けれど、今日ばかりは胸の奥が落ち着かない。

 まさか、あの大和が。
 そう思うだけで、高校時代の記憶が不意に胸をよぎる。

 駅のホームで伸ばした手。
 届かなかった声。
 あのとき、言えなかった一言が、今も心のどこかに刺さったままだ。

 その彼が、今や芸能界の注目株として、自分の現場に現れる――。

 扉の奥、ガラス越しに会議室の中を覗くと、須田光輝の姿があった。
 黒のジャケットを羽織り、資料を手際よく整理している。
 このプロダクションの敏腕プロデューサーであり、麻里奈の直属の上司だ。

「朝から忙しいね、麻里奈」

 彼女に気づいた光輝が、柔らかな笑みを浮かべて手を振る。

「須田さんこそ、徹夜続きじゃないですか? ちゃんと寝てください」

「君に言われると反論できないな」

 軽いやりとりの中に、ほんの少しだけ温度のある空気が流れる。
 光輝の笑みは穏やかで、けれどどこか探るようでもあった。

「今日の現場、気をつけて行こう。……彼を見ると、きっと驚くと思うよ」

「……はい」

 短く返した声に、自分でも気づかないほどの震えが混じっていた。


---

 午後。
 都内の撮影スタジオ。

 白を基調としたセットには、まばゆい照明が照り返している。
 スタッフたちの声と機材の音が重なり、空気が張り詰めていた。

 麻里奈が現場に入ると、そこにひとりの青年の姿があった。

 ライトを受けた横顔。
 少し伸びた前髪の下に、涼しげな瞳。

 ――やっぱり、大和だ。

 変わったようで、でも確かにあの頃の面影が残っている。
 胸の奥で、何かがきゅっと鳴った。

「麻里奈さん、こちらでスタンバイお願いします」

 スタッフの案内で立ち位置に入る。
 ふと、その青年の視線がこちらをとらえた。

 一瞬、時間が止まる。

「……あ」

 大和の目が、はっきりと揺れた。

「……お久しぶりです、大和くん」

 麻里奈は、少しだけ笑みを浮かべた。
 けれどその笑顔は、過去をなかったことにするには、少し痛々しい。

 沈黙が落ちる。
 数年分の距離が、言葉の間に入り込む。

「……麻里奈……さん、ですよね?」

 当たり前の確認。
 それでも、大和にとっては精いっぱいだった。

 思っていたよりも大人になっている。
 落ち着いた立ち振る舞いも、仕事に慣れた表情も――
 もう、自分の知らない世界にいる人みたいだと、胸の奥が静かにざわついた。

「うん。元気そうで、よかった」

「……はい。麻里奈さんも……」

 視線が交わる。
 けれど、すぐに逸れる。

 その瞬間、大和は気づいてしまった。
 彼女の隣に立つ須田光輝と、あまりにも自然に交わされる視線と距離感。

 胸の奥が、ざらりとした感触を残す。
 理由は分からない。
 ただ、落ち着かなかった。


---

「お、もう顔合わせ済んだかな?」

 明るい声が、その空気を切り裂いた。
 須田光輝が現れ、軽く手を振る。

「大和くん、こちらが今回の企画の担当、鈴木麻里奈さん。うちの若手ではかなりやり手のプランナーだよ」

「……あ、はい。よろしくお願いします」

 大和は少しぎこちなく頭を下げた。
 麻里奈も同じように会釈を返す。

「ふふ、意外と静かな顔合わせだったね。もう少しドラマチックな展開を期待してたんだけど?」

 光輝の冗談に、麻里奈は小さく肩をすくめる。

「現場ですから」

「そうそう。仕事第一だもんな」

 軽口の裏で、光輝の視線が麻里奈の横顔をかすめた。
 それを見て、大和の胸の奥が、また小さく軋んだ。

 撮影用のライトが一斉に点く。
 まぶしさに目を細めながら、大和は静かに息を整える。

 仕事だ。
 今は、それだけに集中しろ。

 そう言い聞かせながらも、
 麻里奈が台本に視線を落とす横顔から、目を離せずにいた。

 ふたりの再会は、言葉よりも――
 沈黙のほうが、ずっと雄弁だった。

 
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