《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene2「静かなシャッター音の中で」

 撮影スタジオの空気は、独特の緊張感に包まれていた。
 白を基調とした背景に、柔らかなライティング。
 レンズの先、モデルに照準を合わせたカメラが静かに構える。

 ──カシャ。
 ──カシャ、カシャ。

 シャッター音が、一定のリズムを刻む中で、
 大和はポーズを変えながら、ゆっくりと視線をカメラへ送った。

 硬すぎず、柔らかすぎず。
 まさに今の“桜井大和”を切り取る、絶妙な表情。

 モニター越しにその姿を見つめていた麻里奈は、
 気づかぬうちに、息を止めていた。

 (……すごい)

 高校時代のあどけなさは、もうない。
 そこに立っているのは、完全に“プロ”の顔をした彼だった。
 光を受けて浮かび上がる輪郭に、時間の流れを思い知らされる。

 けれど――

 (……やっぱり、あの目は変わってない)

 ふとした瞬間に見せる、どこか遠くを見つめるようなまなざし。
 心の奥を誰にも触れさせないような、微かな影。
 その瞳の奥に、かつての“大和”が、確かに息づいていた。


---

 「……見惚れてるのかい?」

 唐突に肩へ手が添えられ、低い声が耳もとに落ちる。

 「こら、何をぼーっとしてるんだ、麻里奈。
 ちゃんと指示出さないと」

 「っ……! ち、違いますっ!」

 慌てて振り返った麻里奈の頬が、わずかに赤く染まった。
 そこにいたのは須田光輝。軽く笑いながらも、
 その瞳の奥には、小さな棘のような光が宿っている。

 「冗談だよ。……でも、君があんな顔するなんて珍しいからさ」

 「……してませんってば」

 俯いた麻里奈の様子に、光輝は目を細めて笑った。
 その何気ないやり取りは――
 ちょうど休憩に入った大和の耳にも、届いていた。

 ──してませんってば。

 麻里奈の声。

 (……あの人の肩に、触れられて)

 胸の奥に、じわりと熱が広がる。
 彼女が誰かと自然に笑い合っている。
 それがただの“職場の一場面”だと分かっていても――
 どうしても、心がざわついた。

 (見慣れていないだけ、なのか……それとも)

 自分でも、答えは出せない。


---

 「……大和くん、大丈夫?」

 カメラマンの声に、はっと我に返る。

 「すみません。少し……光が強くて」

 そう言って笑い、姿勢を整える。
 けれど視線の端は、無意識のうちに麻里奈を追っていた。

 彼女はすでに背を向け、タブレットに視線を落としている。
 その横顔は、仕事に集中する“今の彼女”そのものだった。

 (……こっちは何年も、想いを抱えたまま立ち止まってたのに)
 (あの人は――ちゃんと、前に進んでたんだ)

 胸の奥で、静かなざわめきが広がる。
 もう、ただの同級生には戻れない。
 けれど、まだ“過去の人”として終わることもできない。

 ──シャッターが、再び鳴った。

 カメラに映る笑顔の裏で、
 誰にも聞こえない音が、ふたりの胸の奥でかすかに響いていた。

 
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