《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

第1章・Scene3「誰も知らない夢」

 放課後の体育館。
 薄く差し込む夕日が床を染め、ほのかに汗とワックスの匂いが混ざっていた。

 「……あれ、開いてる?」

 麻里奈はドアの前で足を止めた。
 中から、うっすらと音楽が聞こえる。
 ヒップホップ? でも違う。もっと繊細で、胸の奥をそっと叩くリズム。

 気になって、そっとドアを開ける。

 ――そして、息をのんだ。

 誰もいないと思っていたフロアの真ん中で、
 ひとりの男子が踊っていた。

 表情は真剣で、動きに迷いがない。
 腕の流れ、ステップ、ターン――すべてが研ぎ澄まされていて、
 まるで音楽そのものを身体で描いているみたいだった。

 「……桜井くん?」

 気づけば、声に出ていた。

 その瞬間、音楽が止まる。
 彼がこちらを振り向く。驚いたような、でも少し照れた顔。

 「……なにしてんの」

 ぶっきらぼうな言い方なのに、耳の先がうっすら赤い。

 「え、えっと……ごめん、つい気になっちゃって。
  すごく上手だったから」

 麻里奈は慌てて言い訳を並べ、ぺこっと頭を下げた。

 「まさか桜井くんが踊ってるなんて、意外だったな」

 「……意外って、どういう意味」

 少しムッとしたような顔。
 でも、その奥に楽しさがちらっとのぞく。

 「だって、いつも静かだし。授業中とか、あんまり喋らないじゃん」
 「そっちだって、うるさいじゃん」

 「え、私? そんなことないよ!」

 思わず笑い合って、空気がふわっとやわらかくなった。

 「……まあ、見られたなら仕方ないか」
 「秘密だった?」
 「ってほどでもないけど。……あんま人に見せるもんでもないし」

 彼は照れたように目を逸らした。
 その横顔に、麻里奈の胸がきゅっとなる。

 「でも、私、好きだよ。さっきのダンス」
 「……へぇ」
 「なんか、楽しそうだった。桜井くんが」

 その言葉に、大和は一瞬だけ目を見開き――
 ゆっくり、柔らかく笑った。

 ――この人、こんな顔するんだ。

 その日からだった。
 麻里奈が、桜井大和の背中を追いかけるようになったのは。
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