《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene5「再び現場へ」

「……大和くん」

静かな声が、廊下の空気をやさしく揺らした。

顔を上げると、そこに麻里奈が立っていた。
タブレットを胸に抱え、いつもの落ち着いた表情。
けれどその目の奥に、ほんのわずかな揺れが見えた。

「次のカット、準備が整いました。……現場、戻れますか?」

声音は穏やかで、まるで何事もなかったかのように。
それでも大和にはわかってしまう。
その言葉の奥で、過去と今とが静かにせめぎ合っていることを。

「……うん。今行くよ」

立ち上がりながら答えると、麻里奈は小さく息を吐いた。
ほっとしたように浮かべた微笑みは、どこかぎこちない。
そして視線をそらすように、タブレットの画面へと落とす。

「水、まだ残ってる? スタジオ、けっこう暑いから」

「大丈夫。……ありがとう」

短いやり取り。
それだけなのに、胸の奥が妙にざわついた。

気遣いと距離感。
ふたつの温度が交錯して、言葉にならない空白を生む。

その沈黙の中に、不意に――
あの日の記憶が差し込んできた。

――夕暮れのホーム。
 閉まりゆくドアの向こうで、伸ばせなかった手。

麻里奈が、くるりと背を向ける。

「じゃあ、お願いしますね。……大和くん」

その呼び方。
懐かしい響きが、心の奥をやさしく、そして痛く揺らした。

大和は一瞬、足を止める。

(……やっぱり、麻里奈の中にも、まだ残ってるのかな)

声をかけようとした。
けれど、呼び止めた瞬間に、何かが壊れてしまいそうで。

大和はただ、小さく息をのみ、
麻里奈の後ろ姿を追って――
再び、スタジオへと歩き出した。

 
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