《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene9「すれ違う気持ち」

撮影が終わり、現場の熱気が少しずつ冷めていく。
スタッフたちが機材を片づけ、照明が順に落とされていった。
 
麻里奈はスタジオ裏の小さな廊下にいた。
自販機の前でミネラルウォーターを取り出し、キャップを開ける。
 
(はぁ……)
 
喉を潤しながら、さっきの光輝とのやり取りが脳裏をよぎる。
 
──「俺が嫌なんだよ」
 
あの言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。
胸の奥が熱くて、どこか息苦しい。
 
(上司としての信頼……だよね)
 
そう思いたいのに、心が追いつかない。
 
「……麻里奈さん」
 
不意にかけられた声に、肩が跳ねた。
 
振り返ると、そこに大和が立っていた。
いつになく真剣な表情で。
 
「大和くん……びっくりした。どうかしたの?」
 
「……ひとつ、聞いてもいい?」
 
少し間を置いて、視線を逸らす。
迷いと覚悟が混じった、その横顔。
 
「須田プロデューサーと……付き合ってるの?」
 
空気が止まる。
 
麻里奈の手が、ペットボトルを握ったまま固まった。
 
「……え?」
 
「さっきの話、聞こえた。  あんな言い方……“普通”じゃないと思った」
 
「ち、違うよ。あれは誤解されやすいけど……」 言いかけて、言葉を選ぶ。 「須田さんは、ただ……私の仕事を、信じてくれてるだけ」
 
自分に言い聞かせるような声だった。
 
「“ただの上司”が、あんなふうに言うか?」
 
大和の言葉に、胸が詰まる。
滲む苛立ちと、どうしようもない焦り。
 
「……気にしすぎだよ。  須田さんは、私を守ろうとしただけ」
 
「でも、肩に手を置かれても……笑ってたよね」
 
「っ……!」
 
喉が鳴る。
否定したいのに、言葉が見つからない。
 
(どうして……そんな言い方するの……)
 
「……ごめん。こんな聞き方するつもりじゃなかった」
 
大和が視線を落とす。
それでも、握った拳はほどけない。
 
「ただ……知りたかっただけなんだ。  あのとき、何も言えなかった俺が……  今さら口出す資格なんてないって、分かってる」
 
その声に滲む痛みが、麻里奈の胸を突いた。
 
「……ねぇ、大和くん」
 
静かに、問いかける。
 
「どうして今になって、そんなこと聞くの?」
 
「……」
 
大和は答えなかった。
けれど、その沈黙が、十分すぎるほど雄弁だった。
 
冷たい空気が、ふたりの間をすり抜けていく。
視線を逸らせないまま、ただ立ち尽くす。
 
──伝えたい言葉は、確かにここにあるのに。
どちらも、それを口にできなかった。
 
遠くで、片づけの音が響く。
廊下の蛍光灯が、ふたりの影を細く、長く伸ばしていた。
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