《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene10「こぼれた鼓動」

控室へ戻る途中で、大和は足を止めていた。
理由はわかっている。
さっきの麻里奈の表情が、頭から離れなかった。
 
怒られると思っていた。
問い詰められるか、距離を置かれるか――
そんな展開を、どこかで覚悟していたのに。
 
彼女は困ったように笑っただけだった。
その笑顔が、少しだけ寂しそうで。
それが、どうしようもなく胸に引っかかった。
 
須田と付き合っているかどうかなんて、本当は関係ない。
そう、自分に言い聞かせる。
 
ただの上司。
彼女はそう言った。
 
信じたい。
信じるべきだ。
それなのに、その言葉だけが、妙に心に残った。
 
俺は、何を期待していたんだろう。
 
高校の頃、言えなかった言葉。
向き合う勇気もなく、勝手に距離を置いたあの時間。
今さら取り戻せるものじゃないと、わかっている。
 
――それでも。
 
胸の奥で、押し殺してきた感情が、じわじわと浮かび上がる。
否定しようとしても、逃げ場はなかった。
 
静かな控室の明かりの下で、
大和はようやく、その事実を認めていた。
 
まだ――
麻里奈のことが、好きだ。

  
帰り支度をしながら、麻里奈は何度も視線を落とした。
なのに、頭の中から離れないのは、大和のまなざしだった。
 
須田とのやりとりを、見られていたなんて思ってもみなかった。
まして、あんなふうに聞かれるなんて。
 
ただの上司。
あの言葉は、嘘じゃない。
 
でも、もし本当にそう思えているなら、
こんなにも胸がざわつく理由が、説明できなかった。
 
光輝の声が、耳の奥で蘇る。
 
――俺が、嫌なんだよ。
 
胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
真剣で、逃げ場のない言い方だった。
 
それと同じくらい、
「須田さんと付き合ってるの?」と問いかけてきた
大和の声も、妙に心に残っている。
 
懐かしくて。
そして、少しだけ苦しかった。
 
どうして今になって、そんなことを聞くのだろう。
それは、こちらのセリフだ。
 
どうして、あのとき何も言ってくれなかったの。
どうして、あれほど必死に手を伸ばしていた私に、気づかなかったの。
 
胸の奥で、感情が揺れる。
 
ずるい。
そう思いながら、目の奥が熱くなる。
 
それでも――
 
小さく、確かな音がした。
あの頃と同じ、こぼれ落ちる前触れのような鼓動。
 
また、こうして話せたことが嬉しい。
そんなふうに思ってしまう自分が、確かにそこにいた。
 
抑え込んでいたはずの想いが、
もう一度、形を取り戻そうとしていることを、
麻里奈は否定できずにいた。
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