《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》

Scene3「ゆっくり、また」

 撮影が終わり、片づけもほぼ終わったスタジオの隅。
 照明はすでに半分落とされ、白い壁に淡いオレンジの光がにじんでいる。
 スタッフたちは次の現場へと移動し、控室の前にはもう人の気配がなかった。
 
 麻里奈は、ひとり、照明の影に立っていた。
 今日一日の仕事を思い返すように、タブレットの画面を閉じる。
 
 ──そのとき。
 
 足音が、ゆっくりと近づいてくる。
 
「……お疲れさま」
 
 静かな声に、麻里奈が振り返った。
 
「……大和くん?」
 
 そこには、帽子を深くかぶり、マスクを外した大和の姿があった。
 照明の残光が彼の横顔を照らし、長い影が床に伸びている。
 
「もう帰っていいんじゃない? 撮影、すごく良かったよ」
 
「ううん。麻里奈さんがそばにいてくれたから、頑張れたんだと思う」
 
 不意に、胸の奥が熱くなる。
 言葉を返そうとして、麻里奈は一瞬、息を詰めた。
 
 大和は一歩、ゆっくりと距離を詰める。
 
 そして――ほんのわずかな沈黙のあと。
 
「……今度さ、ゆっくり会えない?」
 
 その声は、少しだけ震えていた。
 
「え……?」
 
「プライベートで。ちゃんと……話したいことがあるんだ」
 
 言い終えた瞬間、大和は小さく唇を噛み、視線を外す。
 迷いと決意が入り混じった、その仕草。
 
 麻里奈の胸が、静かに波打つ。
 
 何を話すつもりなのか。
 どんな想いを抱えているのか。
 すべてはわからない。
 
 けれど――
 彼のまっすぐな瞳に、嘘がないことだけは、はっきりと伝わってきた。
 
 ほんの少し間を置いて、
 小さく、けれど確かに──麻里奈はうなずいた。
 
 その瞬間。
 
「……っ、そっか! よかった!」
 
 ぱっと、大和の表情が明るくはじけた。
 少年のような、何年も見ていなかった笑顔。
 
 それを見た途端、麻里奈の胸がきゅっと締めつけられる。
 
(……ずるいな、もう)
 
 胸の奥でそっとつぶやきながら、
 彼女もまた、静かに笑みを返した。
 
 スタジオの明かりが、完全に落ちる。
 残されたのは、夜風と、
 “また会う約束”だけを抱えた、ふたりの淡い余韻だった。
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