《TwilightNotes ― 夜明けに鳴る音》
Scene4 約束の先へ
夜の風が、まだ少しだけ夏の香りを運んでいた。
人気のない小さな公園のベンチに、麻里奈はそっと腰を下ろす。
街灯の光が木々の影を揺らし、遠くで虫の声が響いていた。
「ごめん、待った?」
帽子を目深にかぶり、マスク姿の青年が息を切らして駆けてくる。
その声と、覗く瞳だけで――誰なのかはすぐにわかった。
「ううん、今来たところ」
そう答えた麻里奈の声は、ほんのわずかに揺れていた。
ふたりの間に、やわらかな沈黙が落ちる。
誰もいないベンチ、街灯に照らされた静かな空間。
「……こんなふうに、また会えるなんて思わなかったよ」
大和が、ぽつりとこぼす。
「うん。私も、ちょっと……信じられない」
ぎこちなく笑い合って、また静かになる。
それでも、気まずさではなかった。
「……高校のときさ」
不意に、大和が口を開いた。
「駅で、麻里奈の後ろ姿を見て……声、かけられなかったんだ」
「え?」
「話したくてたまらなかったのに、足がすくんじゃって……。
なのに今、こうして目の前にいる。変な感じだよな」
麻里奈は、その横顔を見つめる。
大人になったはずなのに、どこか変わらない、不器用な彼。
ふと、大和の手が動いた。
麻里奈の手のすぐそばまで伸びて――けれど、途中で止まる。
(……気づいてるよ)
触れたかった気持ちも、引っ込めた優しさも。
全部、伝わっていた。
だから麻里奈は、何も言わず、そっと微笑んだ。
「また……会ってくれる?」
大和の声が、夜風に揺れる。
「うん……私も、そう思ってた」
その一言で、大和の表情がぱっと明るくなる。
少年みたいな笑顔。
その眩しさに、麻里奈の胸がきゅっと締めつけられた。
「ほんとはさ……今日、めちゃくちゃ緊張してた」
「え?」
「“また会いたい”って言っていいのか分からなくて。
でも、言えてよかった。……麻里奈が、いてくれてよかった」
不意打ちみたいな真っ直ぐな言葉に、胸の奥が熱くなる。
押さえていた何かが、静かに溶けていく感覚。
「……大和くん、変わってないね」
「え?」
「高校のときも、そうだった。
優しいくせに、不器用で……でも、すごく真っ直ぐ」
「そっか……。じゃあ、俺、頑張ってみてもいい?」
「……何を?」
「もう一度、ちゃんと……麻里奈に近づいていくこと」
麻里奈は、返事の代わりに小さくうなずいた。
その瞬間、ベンチの上の空気がふわりと変わる。
――ふたりの時間が、また動き出した。
帰り道。
公園を出たあとの道は、静かだった。
街灯が足元をやさしく照らし、虫の声が夜に溶けていく。
「今日は……ありがとう。来てくれて」
「ううん。誘ってくれて嬉しかったよ」
並んで歩く距離は、さっきよりも少し近い。
なのに、不思議と前より緊張している。
(近づいたはずなのに)
(だからこそ、意識しちゃうのかな)
そんなふうに思っていた、そのとき――
「……あのさ」
「え?」
「こっち、段差あるから……」
差し出された手。
気づけば、麻里奈はその手を自然に握っていた。
一瞬、ふたりとも無言になる。
けれど、手を離す理由なんて、どこにもなかった。
「……あの頃より、少し勇気出せたかも」
ぽつりとこぼした大和の声に、麻里奈は微笑む。
「私も。たぶん……同じくらい」
そのまま、手をつないで歩く夜道。
重ねた指先のぬくもりが、胸の奥をやさしく照らしていた。
人気のない小さな公園のベンチに、麻里奈はそっと腰を下ろす。
街灯の光が木々の影を揺らし、遠くで虫の声が響いていた。
「ごめん、待った?」
帽子を目深にかぶり、マスク姿の青年が息を切らして駆けてくる。
その声と、覗く瞳だけで――誰なのかはすぐにわかった。
「ううん、今来たところ」
そう答えた麻里奈の声は、ほんのわずかに揺れていた。
ふたりの間に、やわらかな沈黙が落ちる。
誰もいないベンチ、街灯に照らされた静かな空間。
「……こんなふうに、また会えるなんて思わなかったよ」
大和が、ぽつりとこぼす。
「うん。私も、ちょっと……信じられない」
ぎこちなく笑い合って、また静かになる。
それでも、気まずさではなかった。
「……高校のときさ」
不意に、大和が口を開いた。
「駅で、麻里奈の後ろ姿を見て……声、かけられなかったんだ」
「え?」
「話したくてたまらなかったのに、足がすくんじゃって……。
なのに今、こうして目の前にいる。変な感じだよな」
麻里奈は、その横顔を見つめる。
大人になったはずなのに、どこか変わらない、不器用な彼。
ふと、大和の手が動いた。
麻里奈の手のすぐそばまで伸びて――けれど、途中で止まる。
(……気づいてるよ)
触れたかった気持ちも、引っ込めた優しさも。
全部、伝わっていた。
だから麻里奈は、何も言わず、そっと微笑んだ。
「また……会ってくれる?」
大和の声が、夜風に揺れる。
「うん……私も、そう思ってた」
その一言で、大和の表情がぱっと明るくなる。
少年みたいな笑顔。
その眩しさに、麻里奈の胸がきゅっと締めつけられた。
「ほんとはさ……今日、めちゃくちゃ緊張してた」
「え?」
「“また会いたい”って言っていいのか分からなくて。
でも、言えてよかった。……麻里奈が、いてくれてよかった」
不意打ちみたいな真っ直ぐな言葉に、胸の奥が熱くなる。
押さえていた何かが、静かに溶けていく感覚。
「……大和くん、変わってないね」
「え?」
「高校のときも、そうだった。
優しいくせに、不器用で……でも、すごく真っ直ぐ」
「そっか……。じゃあ、俺、頑張ってみてもいい?」
「……何を?」
「もう一度、ちゃんと……麻里奈に近づいていくこと」
麻里奈は、返事の代わりに小さくうなずいた。
その瞬間、ベンチの上の空気がふわりと変わる。
――ふたりの時間が、また動き出した。
帰り道。
公園を出たあとの道は、静かだった。
街灯が足元をやさしく照らし、虫の声が夜に溶けていく。
「今日は……ありがとう。来てくれて」
「ううん。誘ってくれて嬉しかったよ」
並んで歩く距離は、さっきよりも少し近い。
なのに、不思議と前より緊張している。
(近づいたはずなのに)
(だからこそ、意識しちゃうのかな)
そんなふうに思っていた、そのとき――
「……あのさ」
「え?」
「こっち、段差あるから……」
差し出された手。
気づけば、麻里奈はその手を自然に握っていた。
一瞬、ふたりとも無言になる。
けれど、手を離す理由なんて、どこにもなかった。
「……あの頃より、少し勇気出せたかも」
ぽつりとこぼした大和の声に、麻里奈は微笑む。
「私も。たぶん……同じくらい」
そのまま、手をつないで歩く夜道。
重ねた指先のぬくもりが、胸の奥をやさしく照らしていた。